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研究内容

匂いのかたちを捉える神経を発見 —ゴキブリは闇の中で見るように匂いを嗅ぐ—

掲載日:
人間数理研究分野

ポイント

  • 匂い情報が集まる糸球体の内部に,触角での感覚細胞の位置を反映した層状の「地図」を発見。
  • この地図は,触角の特定領域の刺激に興奮性応答を示す複数の介在神経によって利用される。
  • 昆虫の記憶中枢であるキノコ体が,匂いがどのように空間に分布しているかの把握に重要。

概要

北海道大学電子科学研究所の西野浩史助教,岩﨑正純博士,ドイツ・コンスタンツ大学のMarcoPaoli 博士らの研究グループは,ゴキブリが,長い触角のどこにどれくらいの大きさの匂いが当たったか瞬時に識別できるしくみを持つことを明らかにしました。

匂いには「かたち」がないと思われがちですが,実際には匂いは様々な大きさの塊(フィラメント)からできています。フィラメントは空気中に不連続に分布しており,その大きさや分布パターンは絶え間なく変化します。我々ヒトが視覚的な手がかりなしに匂い源を探し当てるのは至難の業ですが,夜行性の昆虫はこれをたやすくやってのけます。

本研究は,嗅覚システムが視覚情報処理とよく似たしくみをもつことを示した初めての包括的な研究であり,動物の匂いナビゲーション(=匂い源を探し出すこと)のメカニズムに新たな解釈を与えるものです。

本研究成果は,米国東部時間2018年2月8日(木)公開のカレントバイオロジー誌に掲載されました。

【背景】

外界の匂い分子を受けとる嗅覚受容体が1991 年に発見されて以来,匂い情報処理についての研究は目覚ましい進展をとげています(同発見は2004年ノーベル賞受賞)。嗅質(匂いの種類)・強度・時間を電気パルスに変換するしくみも解明されつつありますが,匂いの空間分布を動物がどう利用するのかは今も謎のままです。

匂いには,「プルーム」「フィラメント」という大小二つの構造があります。プルームとは,風上から風下に向かってできる匂いのたなびきのことです。匂いを含むプルームときれいな空気の間には境界ができます。プルームの中は,グラデーションのように少しずつ違う濃度の匂いで充たされているのではなく(図1A),匂い分子が凝集してできたいろいろな形のフィラメント(大きさ:数ミリ~)が不連続に分布しています(図1B)。フィラメントの大きさや密度は匂い源の近くと遠くで異なるため,これらの情報が匂い源への方向や距離について手がかりを与える可能性があります。

西野助教らは,動物界有数の長い鼻(触角)をもち,障害物の多い環境でも匂い源の位置を特定する優れた能力をもつゴキブリに注目しました。ワモンゴキブリは沖縄や九州で見られる体長4センチほどの屋内性のゴキブリで,台所の陰で触角をゆらゆらさせている様子がよく見られます。ワモンゴキブリのオスは,性フェロモンを出すメスの位置を視覚的手がかりなしに特定できます(Willis et al.,2011)。

昆虫の匂い処理システムは,我々哺乳類とよく似ています。触角内にある嗅感覚細胞の軸索(匂い情報を次の中枢へと伝える繊維)は糸球体と呼ばれる組織に情報を伝えますが,処理する匂いの種類ごとに,軸索が収束する糸球体も異なります。たとえば,ゴキブリのメスの出す性フェロモン(ペリプラノンB)はオスの触角全域に分布する約4万個のフェロモン受容細胞によって処理されますが,その軸索は触角葉と呼ばれる嗅覚中枢で最大の糸球体に収束します(図2B,大糸球体)。糸球体はその名のとおり,沢山の軸索が無秩序に絡まった毛糸玉のような構造とみなされてきました。

ところが,西野助教らは10 年前に,ゴキブリの嗅感覚細胞の軸索が細胞体の位置に応じて整然と並んでいることを発見しました(Nishino and Mizunami, 2007)。この並び方は,幼虫期の体のかたちが成虫と近いタイプの昆虫(不完全変態昆虫)特有の成長の仕方と深い関わりがあります。卵から生まれたゴキブリは11 回脱皮して成虫になりますが,脱皮ごとに新しい節が触角の基部(体に近い側)に付加され,そこに新しい感覚細胞群ができます。これらの細胞の軸索は同じルートを通って糸球体に入り,既存の糸球体の邪魔をしないようにその周囲を覆います。これによって,軸索侵入点の近くになるほど触角の基部側の感覚細胞の情報が処理されるような層構造ができます(図2C)。これを感覚地図と呼びます。

【研究手法】

ガラス管微小電極をオスのワモンゴキブリ成虫の脳の右半球に刺入し,大糸球体から出力する複数の介在神経の1本から細胞内記録(=細胞の内外の電圧の差を直接記録すること)を行いました。記録中は触角と直交するように配置した刺激ノズルにより,局所的な性フェロモン刺激を与えました(図2D)。記録後に蛍光色素を注入することで,その形態が目で見てわかるようにしました。そして,前述の感覚地図のどこに入力部位(樹状突起)をもち,高次中枢のどの領域に出力部位(軸索終末)を持つのか観察しました。

【研究成果】

西野助教らは,大糸球体中の感覚地図が,高次中枢へフェロモン情報を伝える8つの介在神経(S1-S8)によって実際に利用されることを発見しました。各神経はそれぞれ触角の基部から先端の特定領域へのフェロモン刺激に対し,強い興奮性の応答を示します。各受容野の大きさは1.1~1.4 cmで,隣接する受容野の間には大きな重複があります(図3A)。また,糸球体内の樹状突起の位置と触角上に形成される受容野の位置には,感覚地図にもとづく明瞭な相関がありました。

介在神経の活動は,受容野以外の領域の刺激では抑制されます(図3B)。この受容野外での抑制は視覚情報処理でよく知られるメカニズムで,刺激の境界を高コントラストで検出することができます。介在神経で処理されたフェロモン情報はキノコ体と側角と呼ばれる2つの高次中枢に送られますが,キノコ体では異なる介在神経の軸索終末が空間的に明瞭に隔てられている一方,側角ではほぼ完全に重複していました(図3C,D)。このことはキノコ体内の異なる神経が異なる空間情報を処理する可能性を強く示唆します。

8 つの介在ニューロンの活動の組み合わせをキノコ体の出力神経が読み取ることで,プルームの境界やフィラメントの形状の検出が可能になります。ゴキブリの触角は自由に動くので,サンプリングされた匂い情報を時系列処理することで,プルームの立体的なイメージをキノコ体の中につくり上げることができます。障害物の多い屋内では匂いと接するチャンスは多くないため,匂いの分布パターンを写しとるしくみがナビゲーションには重要だと予想されます。この能力はゴキブリの屋内侵入を可能にした「最終兵器」といえるでしょう。

【今後への期待】

触角上の受容野の大きさや重複度は,ゴキブリの3 億年以上にわたる進化を経て最適化されてきたもので,地上探索型のロボットなどに実装できる可能性を秘めています。嗅覚器の大きさや移動能力は嗅覚システムの特徴を決める大きな要因となるため,触角の小さなショウジョウバエなどのモデル動物だけでなく,嗅覚のスペシャリストにも目を向けた比較研究は重要です。本研究は動物の匂いナビゲーションの神経機構の理解に向けて新たなとびらを開くものです。

【謝辞】

本研究は科学研究費基盤C(課題番号: 20570066, 23570087, 26440175, 17K07479)及びドイツ・コンスタンツ大学・メンターシッププログラム(Mentorship program 2017-01)の援助を受けました。また,本研究は桑原重文教授(東北大学)・森 謙治教授(東京大学名誉教授)によって合成されたペリプラノンB なくしては遂行不可能でした。

論文情報

論文名 Spatial Receptive Fields for Odor Localization(匂い源定位に利用される空間受容野)
著者名 西野浩史1,岩﨑正純1, Marco Paoli2, 上村逸郎3, 頼経篤史1, 水波 誠41 北海道大学電子科学研究所,2 コンスタンツ大学神経科学部,3 株式会社マックスネット,4 北海道大学大学院理学研究院)
雑誌名 Current Biology(生物学の専門誌)
DOI 10.1016/j.cub.2017.12.055
公表日 米国東部時間2018年2月8日(木)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 助教 西野浩史(にしのひろし)
TEL 011-706-2596
メール nishino@es.hokudai.ac.jp
URL http://www.es.hokudai.ac.jp/labo/nishino/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール kouhou@jimu.hokudai.ac.jp

【参考図】

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図1 風下(右)に向かってできる匂いプルームの模式図。プルーム中には連続的な匂いの濃度勾配は存在せず(A),様々な大きさの匂い分子の塊(フィラメント)が不連続に分布する(B)。よって,匂いの濃度勾配よりも匂いフィラメントの大きさや密度が匂いナビゲーションにおいて信頼できる手がかりとなる。
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図2 フェロモン処理の神経基盤と実験手法。メス成虫がオスを呼び寄せるために出す匂い(ペリプラノンB)は,触角全域に分布する約36,000 本のフェロモン感覚子(白矢印,B)内の感覚細胞で処理される。フェロモン受容細胞の軸索はオスの脳(A)内の一次嗅覚中枢(触角葉)中最大の糸球体(大糸球体)に収束する(B)。新しくできた感覚細胞は脱皮のたびに触角の基部に付加され,その軸索は同じルートを通って既存の糸球体の周囲を覆う(黄色)。その結果,触角の基部にある感覚細胞ほど,糸球体の外側に位置する感覚地図ができる(C)。細胞内記録中,触角の8 カ所にペリプラノンB を含む空気を吹きつけることで刺激を与えた(D)。
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図3 受容野をもつ8つの介在ニューロン(脳右半球)。S1 からS8 ニューロンの受容野は,触角基部から先端までの特定領域を重複しつつカバーする(A)。受容野への刺激は対応する介在ニューロンを強く興奮させる一方(B 左),受容野外の刺激では抑制を生じさせる(B 右)。介在ニューロン(C)は幼虫期に段階的に生じる新しい感覚細胞の軸索終末と,キノコ体の新生内在ニューロンの樹状突起の間を結びつけることで,匂いの位置情報をキノコ体の異なる領域に表現する(D)。

【参考文献】

1. Willis M.A., Avondet J.L., and Zheng E. 2011. The role of vision in odor-plume tracking by walking and flying insects. Journal of Experimental Biology 214: 4121-4132.
2. Nishino H. and Mizunami M. 2007. Sensilla position on antennae influences afferent terminal location in glomeruli. NeuroReport 18: 1765-1769.
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