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研究内容

ノイズの伴う力学系で生じる異常拡散のメカニズムを解明 —流体・気象現象,経済・社会の輸送現象,生物集団の運動などで見出されることに期待—

掲載日:
知能数理研究分野

ポイント

  • ノイズの伴う力学系における異常拡散現象を発見。
  • 非定常な確率カオスの異常統計性を連続時間酔歩理論で解明。
  • ノイズの伴う力学系で生じる確率間欠性の生成メカニズムを単純な数学的モデルを用いて解明。

概要

北海道大学電子科学研究所(所長 中垣俊之教授)附属社会創造数学研究センターの佐藤 讓准教 授とロンドン大学クイーンメアリー校の Rainer Klages 博士の研究グループは,ノイズの伴う開放力 学系における非定常な確率カオス*1と異常拡散を発見し,ランダム力学系*2理論,連続時間酔歩*3理 論によりその生成メカニズムと普遍性を明らかにしました。

両端の開いたランダム性の全くない開放ビリヤード系のような決定論的開放力学系での拡散現象 は「決定論拡散」と呼ばれ,とくに「間欠性*4」カオスをもつ開放力学系では異常拡散が生じること が知られていました(文献 1)。しかし,この開放ビリヤード系に外部から撹乱を与えた時,内部の拡 散運動がどのように変化するかについてはこれまで研究されていませんでした。

研究グループは,ノイズのある環境下での運動を記述する理論であるランダム力学系理論を用い て,決定論拡散を示す開放力学系にノイズを加えると,これまでに知られていなかった異常劣拡散現 象が生じることを発見(下図)し,その確率間欠性の普遍的な性質を解明しました。

本研究成果により,ランダム力学系の間欠性によって生成される異常拡散という普遍的な現象が, 流体・気象現象,経済・社会の輸送現象,生物集団の運動などで見出されていくことが期待されます。

なお,本研究成果は2019年4月29日(月)公開のPhysical Review Letters 誌に掲載されました。また,本研究は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C),「ランダム力学系理論に基づく確 率カオスの現象論とその応用」などの支援を受けて実施されました。

多数の粒子の軌道を表した図。拡散運動に外部から撹乱を加えると,拡散係数Dが0の異常劣拡散運動が生じて大多数の粒子が初期状態付近に長時間滞留する(横軸は時間,縦軸は粒子の位置を示 す)。

【背景】

水中に落としたインクの滴は,とくにかき混ぜなくてもゆっくり水全体に広がっていきます。この現象を「拡散」とよびます。拡散とは,多数の粒子が乱雑な運動の結果散らばり,空間的に徐々に広がっていく輸送現象です。この広がりの強さは,粒子分布の分散の時間的な増大率で特徴付けられ,この増大率を拡散係数とよびます。また,拡散係数が 0(または無限大)になってしまうような極端に遅い(速い)拡散を「異常拡散」とよびます。一般に拡散運動はランダム運動をする粒子集団によってモデル化できます。

一方で,両端の開いたビリヤード系の中にある粒子集団の「カオス散乱*5」によっても拡散をモデル化できます(図 1)。このランダム性の全くない開放ビリヤード系のような力学系での拡散現象は「決定論拡散」とよばれます。とくに,「間欠性」を示すダイナミクスを持つ開放力学系は異常拡散を示す場合があることが知られています(文献 1)。

では,拡散現象を示す開放ビリヤード系があったとき,その外壁をゆすったり,ゆがめたり,外部から撹乱を与えると,内部の拡散運動はどう変化するでしょうか?撹乱に影響されて,より速く拡散することになるのでしょうか?それとも,より遅く拡散するのでしょうか?本研究では,ノイズのある環境下で決定論的運動を記述するランダム力学系理論(文献 2)を用いて,この問題に取り組みました。

図 1 : 両端の開いたビリヤード系で生じる拡散現象。

【研究手法及び研究成果】

研究グループは,まず安定なダイナミクスを持つ力学系と不安定なダイナミクスを持つ力学系を確率的に混合するランダム力学系モデルを構成しました。その結果,このモデルが非定常な確率カオス(文献 3,4)と異常劣拡散(遅い拡散)を示すことが数値実験によって確認されました(1 ページ目図)。

さらに,「ランダム力学系理論」による解析で非定常な確率カオス(確率間欠性)の存在が示され,「連続時間酔歩理論」による解析でその異常統計性が特徴付けられました。また,モデルを拡張して異なるタイプの力学系とノイズの組み合わせについて,同じ結果が得られることから,今回発見された「ノイズによって誘起される確率間欠性と異常拡散」の普遍性を結論付けました。結果として, 単純なランダム力学系モデルを解析することにより,これまでに知られていなかった異常拡散現象の存在と,ランダム力学系における確率間欠性の普遍的な性質が同時に明らかになりました。

また,各粒子に共通のノイズを加えると,全粒子がほぼ同じタイミングで遷移運動をする, というある種の同期現象が生じることもわかりました。この結果, 共通ノイズによる雑音誘起現象がこの力学系 の「弱いエルゴード性*6の破れ」の源になっていることが示されました。

【今後への期待】

本研究成果により,ランダム力学系の確率間欠性によって生成される異常拡散という普遍的な現象が, 流体・気象現象,経済・社会の輸送現象,生物集団の運動などで見出されていくことが期待されます。 また,ランダム力学系理論と連続時間酔歩理論に基づく異常拡散運動の解析により,確率過程論や力学 系理論,非線形非平衡系の物理学の深化が見込まれます。さらに,ここで提案されたモデリング手法と 解析法は,実験的に観察されている様々な拡散現象を分析する有力な方法となることが期待されます。

論文情報

論文名 Anomalous Diffusion in Random Dynamical Systems(ランダム力学系の異常拡散)
著者名 佐藤 讓 1, Rainer Klages21北海道大学電子科学研究所,2ロンドン大学クイーンメアリー校)
雑誌名 Physical Review Letters(物理学の専門誌)
DOI 10.1103/PhysRevLett.122.174101
公表日 2019年4月29日(月)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学 電子科学研究所 准教授 佐藤 讓(さとうゆずる)
TEL 011-706-9453
FAX 011-706-9453
メール ysato(at)es.hokudai.ac.jp/ysato(at)math.sci.hokudai.ac.jp
URL http://www.math.sci.hokudai.ac.jp/~ysato/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
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メール kouhou(at)jimu.hokudai.ac.jp

【用語解説】

*1 確率カオス … ランダム・ストレンジ・アトラクターにより生成される,統計的な意味で初期値鋭敏性を有する確率ダイナミクス。

*2 ランダム力学系 … 確率微分方程式,ランダム写像など,駆動力として外部ノイズが加わっている力学系。

*3 連続時間酔歩 … 一次元数直線上で一定時間毎に等確率で右または左に一定距離移動するモデルが示す不規則運動を一次元酔歩という。待ち時間分布,移動距離分布などを導入して,酔歩を連続時間に拡張した運動を連続時間酔歩という。

*4 間欠性 … カオス的な相,秩序的な相といった異なる準定常状態に長時間滞留しつつ,不規則に遷移する非定常ダイナミクス。ランダム力学系における間欠性を確率間欠性という。

*5 カオス散乱 … 開放ビリヤード系に粒子を入射すると,入射の初速度や初期位置が少しずれただけでその散乱軌道は全く異なったものになる。この初期値鋭敏性を伴う散乱運動をカオス散乱という。

*6 エルゴード性 … ある観測量の長時間平均が初期条件によらず一定値に収束し,かつその観測量のアンサンブル平均と一致するという性質。

【参考文献】

[1] Theo Geisel and Johannes Nierwetberg. “Onset of diffusion and universal scaling in chaotic systems.” Physical Review Letters, 48.1, pp. 7-10, (1982).

[2] 佐藤 譲,「ランダム力学系と確率カオス」, 数理科学 2015 年 8 月号, pp.26-31, (2015).

[3] Mickaël Chekroun, Eric Simonnet, Michael Ghil,“Stochastic climate dynamics: Random attractors and time-dependent invariant measures,”Physica, D 240:21, pp, 1685-1700, (2011).

[4] Davide Faranda, Yuzuru Sato, Brice Saint-Michel, Cecil Wiertel, Vincent Padilla, Bérengère Dubrulle, François Daviaud, “Stochastic chaos in a turbulent swirling flow,” Physical Review Letters, 119, 014502, (2017).

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