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ファンデルワールス相互作用を活用した分子識別原理を提唱

東京大学大学院工学系研究科
北海道大学

ファンデルワールス相互作用を活用した分子識別原理を提唱

~非極性分子骨格と極性固体表面間の相互作用に基づく吸着挙動~

発表のポイント

  • 吸着の起点となる相互作用部位が共通で分子構造の違いが炭素鎖長に限られる分子は、一般に識別が困難であるが、本研究では分子吸着挙動の温度依存性を利用して、その識別を実現。
  • 従来はその寄与が小さいと考えられてきた非極性分子骨格と極性固体表面の間に働くファンデルワールス相互作用を利用した、新しい分子識別原理を提唱。
  • 本成果は、極性―非極性相互作用を分子認識・表面設計に取り込む独自の視点を提示し、ガスセンシング分野における分子認識界面設計の新たな指針となることが期待される。
「ファンデルワールス相互作用を活用した分子識別原理を提唱 」概要

ファンデルワールス相互作用に基づく分子吸着挙動のイメージ図

概要

東京大学大学院工学系研究科の田中 航 助教、柳田 剛 教授と、北海道大学電子科学研究所の長島 一樹 教授らによる研究グループは、一般にガスセンサによる識別が困難な、共通の極性官能基を有し炭素鎖長のみが異なる分子について、非極性炭素鎖と極性酸化物固体表面(注1)との間に働くファンデルワールス相互作用(注2)が分子吸着挙動に強く影響することを明らかにし、これをガスセンサの識別原理として活用することで分子鎖長識別を実現しました。本研究の特徴は、従来の分子認識研究では寄与が小さいと考えられてきた極性―非極性相互作用を、吸着の温度依存性に着目することで、積極的に利用した点にあります。本研究成果は、従来は困難であった分子骨格の違いに基づく分子識別に対して、新たなアプローチを提示するものであり、ガスセンサをはじめとする分子識別技術における基盤となることが期待されます。

本研究成果は、2026年1月16日(米国時間)に米国科学雑誌「ACS Nano」に掲載されました。

研究の背景と経緯

ガスセンサは、これまで主に一酸化炭素や窒素酸化物などの小分子の検出による環境計測に用いられてきましたが、近年では疾病診断や食品管理などへの応用も進みつつあり、従来の検出対象と比べて、炭素鎖を持つ分子サイズの大きな有機分子の検出・識別が新たな課題となっています。一般的なガスセンサによる分子識別では、分子がセンサ材料固体表面に吸着する際の相互作用・化学反応を信号として利用します。しかし、吸着の起点となる極性官能基が共通で、分子構造の違いが炭素鎖骨格に限られる分子では、固体表面との相互作用が似通うため、従来の手法では識別が困難でした。

これに対して本研究グループは、最近、有機分子の吸着・化学反応を電気信号として検出する酸化物ガスセンサにおいて、非極性炭素鎖と極性酸化物固体表面の間に働くファンデルワールス相互作用が、従来考えられていた以上に分子吸着挙動へ影響を及ぼすことを見いだしました(関連情報参照)。この知見を踏まえ、本研究では、分子識別という観点からファンデルワールス相互作用の役割を改めて検証することを着想しました。

研究内容

本研究グループは、分子吸着量を直接反映して応答を示すことが知られている水晶振動子マイクロバランス(QCM)(注3)上に、酸化亜鉛(ZnO)ナノワイヤアレイと温度制御機構を実装したガスセンサを開発しました。このセンサを用い、炭素鎖長のみが異なる脂肪族カルボン酸(注4)分子(炭素数C3~C9)を対象として、ZnOナノワイヤ表面温度を制御しながら分子吸着挙動を評価しました。カルボン酸は極性官能基を介して酸化物表面に強く吸着することが知られていますが、吸着実験の結果、ZnOナノワイヤ表面温度の上昇に伴う吸着量の変化は、分子の炭素鎖長によって大きく異なることが明らかとなりました(図1)。具体的には、炭素数3の脂肪族カルボン酸では吸着量に顕著な温度依存性が見られない一方で、炭素数9の脂肪族カルボン酸では温度上昇に伴って吸着量の増加が観察され、炭素数6の分子ではその中間的な挙動を示しました。この傾向は、QCM以外の検出法を用いた場合にも同様に観察されました。以上より、極性固体表面での吸着挙動の違いを利用することで、分子の炭素鎖長を識別可能であることが実証されました。このように、同一の極性官能基を有する分子であっても、炭素鎖長に応じて温度変化に対する吸着挙動の現れ方そのものが変化するという、従来の官能基主導の吸着モデルでは説明が困難な挙動が観測されました。

図1

図1.本研究で開発したZnOナノワイヤQCMセンサによるカルボン酸分子センシング結果

続いて、カルボン酸分子のZnO表面での吸着状態を評価するために赤外分光測定を行いました。その結果、ほぼすべての分子が、従来の認識通りカルボキシレート基(注5)を介してZnO表面と結合していることが確認されました。すなわち、吸着の最終状態としては、炭素鎖長に依らず共通のカルボキシレート―ZnO結合が形成されていることが明らかとなりました。この結果から、本研究で観測された炭素鎖長依存的な温度応答の違いは、カルボキシレート基とZnO表面との結合の有無や結合様式の違いに起因するものではなく、その結合形成に至る過程が分子の炭素鎖長に応じて異なることに起因することが示唆されました。

そこで、炭素鎖長依存的な温度応答の起源を明らかにするため、カルボン酸分子とZnO表面との相互作用エネルギーを密度汎関数理論(DFT)計算(注6)により解析しました。その結果、カルボキシレート基とZnO表面との間に由来する相互作用エネルギーは炭素鎖長に依らずほぼ一定である一方、非極性炭素鎖とZnO表面との間に働くファンデルワールス相互作用の寄与は、炭素鎖長の増加に伴って顕著に増大することが明らかとなりました。特に、炭素数3の分子ではその寄与は限定的であるのに対し、炭素数9の分子では、カルボキシレート結合形成と競合するほど大きな割合を占めることが示されました。

以上の結果から、本研究で観測された炭素鎖長依存的な温度応答は、カルボキシレート基を介したZnO表面との結合の有無や結合様式の違いによって生じたものではなく、その結合形成に至る過程が分子の炭素鎖長に応じて異なることに起因すると結論づけられます。すなわち、短鎖分子では非極性炭素鎖とZnO表面との間に働くファンデルワールス相互作用による拘束が小さいため、低温条件下においてもカルボキシレート結合の形成が妨げられにくいのに対し、炭素鎖が長くなるほどこの拘束が顕著となり、低温ではカルボキシレート結合の形成が抑制されます(図2)。その結果、長鎖分子ほど、この拘束を熱的に緩和するためにより高い表面温度を必要とし、温度上昇に伴って初めてカルボキシレート結合の形成が進行し、吸着量の増加として観測されます。本研究は、このように、非極性炭素鎖と極性固体表面との間に働くファンデルワールス相互作用が極性官能基結合形成を競合的に阻害し、その阻害の強さが炭素鎖長および温度によって制御されるという、新しい分子吸着制御機構を明らかにしたものです。

図2

図2.炭素鎖長依存的な温度応答の違いの起源を示す分子―ZnO表面間相互作用エネルギーの模式図

今後の展望

本研究成果は、これまでガスセンシングにおいて十分に活用されてこなかったファンデルワールス相互作用を、分子識別の有効な情報源として確立した点に大きな意義があります。これは、分子構造の微細な差異を識別する新たな戦略の基盤となるものです。本成果は、カルボン酸のみならず多種多様な官能基を持つ有機分子へも適用可能であり、将来的には、疾病診断や食品の品質管理といった高度な分子識別が求められる分野において、ガスセンサの可能性を大きく広げる一助となると期待されます。

関連情報

プレスリリース「油と水の相互作用で人工嗅覚センサの“堅牢性”を高める!―疎水性分子骨格と親水性固体表面の間に働くファンデルワールス力が鍵―」(2024/11/01)

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-11-01-001

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科
田中 航 助教
柳田 剛 教授

北海道大学 電子科学研究所
長島 一樹 教授

論文情報

雑誌名

ACS Nano

題名

Van der Waals Interactions between Nonpolar Alkyl Chains and Polar ZnO Surfaces in Gas Sensing Dynamics of Aliphatic Carboxylic Acids

著者名

Yusuke Tonomoto, Wataru Tanaka*, Kazuki Nagashima, Takuro Hosomi, Tsunaki Takahashi, Jiangyang Liu, Haruka Honda, Hikaru Saito, Wataru Mizukami, and Takeshi Yanagida*

DOI

10.1021/acsnano.5c15490

URL

https://doi.org/10.1021/acsnano.5c15490

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR22C4、JPMJCR19I2)、先端国際共同研究推進事業 ASPIRE(JPMJAP2315)、次世代研究者挑戦的研究プログラム SPRING(JPMJSP2108)、日本学振興会(JSPS) 科研費 基盤研究A(JP23H00254)、基盤研究B(JP23K23171)、挑戦的研究(萌芽)(JP23K17857)、笹川科学研究助成の支援により行われました。

用語解説

(注1)非極性炭素鎖・極性酸化物固体表面

電荷の偏りをほとんど持たない炭素鎖構造(非極性炭素鎖)と、電荷の偏りを持つ金属酸化物からなる固体表面(極性酸化物固体表面)を指す。

(注2)ファンデルワールス相互作用

分子や原子の間に普遍的に働く弱い引力。個々の相互作用は弱いが、分子骨格全体にわたって累積することで、分子吸着挙動や安定性に大きな影響を与えることがある。

(注3)水晶振動子マイクロバランス(QCM)

水晶振動子の共振周波数変化を利用して、表面に吸着した分子の質量変化を高感度に検出する計測手法。

(注4)脂肪族カルボン酸

炭素鎖構造を持つカルボン酸化合物の総称。本研究では、炭素鎖長のみが異なる分子を対象として用いた。

(注5)カルボキシレート基

カルボン酸が固体表面に吸着する際に脱プロトン化して形成される官能基。金属酸化物表面と強く結合することが知られている。

(注6)密度汎関数理論(DFT)計算

量子力学に基づいて、分子と固体表面との相互作用エネルギーなどを理論的に評価する計算手法。

お問い合わせ先

インタラクション機能材料研究分野
URL:https://sites.google.com/view/nagashima-lab/

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