究極透明ガラスの構造を解明
~量子通信の実用化への加速に期待~
ポイント
- 圧力急冷プロセスで合成したシリカガラスの構造を解明。
- 光の伝送損失が常圧の 50%以下という究極の透明度をもつガラスを合成できることを予測。
- 光ファイバーの光伝送距離が飛躍的に伸び量子通信の実用化の加速に期待。
概要
北海道大学電子科学研究所の小野円佳准教授らの研究グループは,ペンシルベニア州立大学 (アメリカ)の Yongjian Yang 博士,John C. Mauro 教授及び AGC 株式会社の本間 脩氏,浦田新吾博士らと共同で,理想的な究極透明ガラスの構造を解明しました。
本研究は,計算機科学を用いて,圧力急冷プロセスで合成したシリカガラスの構造を求めたもの です。その結果,高温高圧下ではガラスの構造がより理想的になって透明度が極めて高くなり,光損失が常圧ガラスの50%以下になることを見出しました。シリカガラスは光ファイバーの母材として広く利用されているガラスで,今回明らかにした構造を持つシリカガラスを光ファイバーに 応用できれば,光信号増幅器による増幅なしにデータを伝送できる距離を飛躍的に伸ばすことができます。その他にも,究極の安全性をもつと言われる量子通信の実用化へはずみがつくことが期待されます。
なお,本研究成果は,2020年9月17日(木)公開のnpj Computational Materials 誌に掲載されました。

ガラスのネットワーク構造がトポロジーの剪定により理想構造になっていく様子(マクロな変化)。常圧下(0 GPa)ではガラスに空隙(黄色)と不安定なネットワーク構造(赤丸:酸素,青丸:ケイ素)が数多く存在するが,4GPa の圧力がかかると,空隙も不安定なネットワーク構造もほとんどなくなり,理想的なネットワーク構造が形成される。
背景
現代社会の発展に,情報通信は欠かせない基盤です。この情報通信を支えるインフラが,世界中に 張り巡らされた光ファイバー網です。光ファイバーは主にシリカガラスから出来ているため,シリカ ガラスの光の伝搬損失を抑制することで,より少ない数の光信号増幅器でより遠くまで情報伝搬できる光ファイバーが得られます。
シリカガラスの光損失のほとんどは,レイリー散乱によるものです。レイリー散乱は,空が青いことや夕焼けが赤く見える現象の要因として知られていますが,シリカガラスの中ではガラスを構成する 元素同士のつながり(=ネットワーク構造)のゆらぎがこのレイリー散乱の要因となっています。また,最近ではガラス中の何もない空間(空隙)が散乱体となってレイリー散乱を起こすことが知られています。
研究手法
本研究では,実際の試験が難しい高い圧力領域で,計算機を使ってシリカガラスを合成しました。分子動力学シミュレーション*1で得られたガラスの基礎物性値は,現実のものをよく再現していました。そこで,ガラス中の空隙が散乱体となりレイリー散乱を起こすというモデルと,ガラスのネットワーク構造の密度ゆらぎ*2を考慮した2 種類の物理モデルを使用して,圧力急冷プロセスで合成したシリカ ガラスのレイリー散乱定数を算出しました。
研究成果
計算の結果,圧力 4GPa(4万気圧)で急冷したガラスにおいて,散乱体としての空隙がほとんど消滅し,シリカガラスのネットワーク構造が理想的な構造に近づくことがわかりました(p.1 図)。この圧力値は実験的にも大きいサイズのガラスを合成できる現実的な圧力範囲でした。図1 は,このように圧力によって空隙が減少し,トポロジープルーニング(ネットワークの剪定)によって理想的なリング構造が生成される様子を示しています。
これまで,0.2GPa 以下の圧力急冷ガラスにおいて,レイリー散乱を抑制できることが実験から示されていましたが,圧力をそれ以上かけた場合の挙動はわかりませんでした。圧力急冷プロセスは 実験的に難しいプロセスですが,この研究によって理想的な圧力値を予測できたことで,高圧装置などの開発に拍車がかかり,超透明なシリカガラスの実現への貢献が期待されます。
そもそもガラスとは不安定な準安定状態ですが,今回の研究により,ガラスに高圧急冷プロセスを 適用すると,ガラスでありながらトポロジカルには秩序のある安定構造をとることがわかりました。そして,得られたガラスの構造は光損失の抑制に極めて適した構造であることもわかりました。
今後への期待
シリカガラスは光ファイバーの母材として広く利用されているガラスです。本研究で明らかにした構造を持つシリカガラスを光ファイバーに応用できれば,光信号増幅器による増幅なしにデータを伝送できる距離を飛躍的に伸ばすことができるほか,究極的な安全性をもつ量子通信の社会実装へも貢献することが期待されます。
論文情報
論文名
Topological pruning enables ultra-low Rayleigh scattering in pressure-quenched silica glass(トポロジーの剪定によって圧力急冷シリカガラスのレイリー散乱損失は極めて小さくなる)
著者名
Yongjian Yang1,Osamu Homma2,Shingo Urata2,Madoka Ono2,3, John C. Mauro1(1Department of Materials Science and Engineering, The Pennsylvania State University,2AGC株式会社,3北海道大学電子科学研究所)
雑誌名
npj Computational Materials(計算科学のネイチャー系専門誌)
DOI
公表日
2020年9月17日(木)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学電子科学研究所 准教授 小野円佳(おのまどか)
TEL 011-706-9346
FAX 011-706-9346
メール mono[at]es.hokudai.ac.jp
用語解説
*1 分子動力学シミュレーション
原子同士の間に働く力を仮定し,ニュートンの運動方程式に基づいて原子が安定する位置を計算する計算方法。
*2 密度ゆらぎ
ガラスのネットワーク構造が均質でないことにより,密度の濃いところと薄いところが存在する状態のこと。
参考図

図1.ガラスのネットワーク構造がトポロジーの剪定により理想構造になっていく様子(p.1 図をより詳細に見たときのネットワークの変化)。
(ⅰ)ガラス中の空隙(黄色)と,不安定な結合の多いネットワーク(赤点線)が隣り合って存在。
(ⅱ)圧力がかかるとネットワークの剪定が起き,不安定な結合が切れて空隙が縮小。
(ⅲ)空隙と不安定な小さいネットワーク構造が消滅したところに理想的なネットワーク構造が発生(緑点線)。

図2.急冷圧力 PQ(横軸)の増加に伴い,レイリー散乱係数αscat は PQ~4GPa で極小値を示す(青線)。この効果はネットワーク構造が剪定効果により理想的に均質化したためで,屈折率 n や光弾性乗数 p の圧力変化(赤線で単調増加)による効果ではない。









