光渦でキラリティを⾒分ける仕組みを世界で初めて解明
~光がゼロの“渦の中⼼”で現れる左右差の起源を突き⽌める~
ポイント
- 光渦の中⼼付近で現れる左右差の物理的な起源を世界で初めて解明。
- 独⾃の光渦⾼速切り替え技術と理論で、左右差が物質のキラリティ由来であることを実証。
- 分⼦集合体など⼤きな⾼次構造のねじれを光で選択的に読み出す新⼿法へ展開。
概要
北海道⼤学電⼦科学研究所の橋⾕⽥俊助教、⽥中嘉⼈教授らの研究グループは、渦を巻きながら進むねじれた光「光渦」を⽤いて、物質のキラリティ(左右の違い)を⾒分ける仕組みを、世界で初めて明らかにしました。
キラリティとは、左⼿と右⼿のように、鏡に映した像と重ね合わせることができない性質のことです。この性質は⾃然界の様々な場⾯に現れ、分⼦からナノサイズの構造の中にも存在します。特にタンパク質では、その⽴体的なねじれの形が⽣命の働きを左右する重要な役割を担っています。
近年、光渦を⽤いると物質のキラリティを検出できる可能性が注⽬されてきました。キラリティを持つ物質に左巻きと右巻きの光渦を当てると、通り抜けた光の量にわずかな違いが⽣じることが報告されていました。しかし、その違いがなぜ⽣じるのか、また本当に物質のキラリティを反映しているのかは、はっきりしていませんでした。
本研究では、独⾃に開発した光渦の⾼速切り替え技術を⽤い、光渦とキラリティを持つナノ構造の位置関係を精密に変えながら、通り抜けた光の左右差を⾼い精度で測定しました。その結果、光の強度がゼロになる光渦の中⼼付近で、特徴的な左右差が最もはっきり現れることを⾒いだしました。光が弱い場所では応答も弱いはずだという直感に反する結果でした。
さらに、研究グループが構築した理論に基づく解析を⾏ったところ、この左右差がナノ構造内部に広がるねじれと光渦のねじれが結びつくことで⽣じていることが分かりました。
これにより、光渦で観測される左右差の物理的な起源が初めて明確になりました。本研究成果は、分⼦が集まってできたより⼤きな⾼次構造のねじれを光で選択的に読み取る新しい⼿法につながるものであり、⽣命機能に関わる構造を触れずに調べる技術への発展が期待されます。
なお、本研究成果は、2026 年2 ⽉17 ⽇(⽕)公開のOptica 誌にオンライン掲載されました。

光渦が持つ空間的なねじれと物質の⽴体的なねじれが結びつくことで、暗い中⼼付近にキラリティ由来の左右差が現れる原理を⽰した概念図。
背景
⾃然界には、つる植物の巻き付き⽅や巻⾙の殻、さらには台⾵の渦のように、左右の向きを持つ「ねじれ」が⾒られます。鏡に映した像と重ね合わせることができないこの性質を「キラリティ」と呼びます。
キラリティは分⼦からナノ構造に⾄るまで広く存在しています。特にタンパク質では、その⽴体的なねじれの形そのものが⽣命の働きを左右する重要な要素になっています。しかし、こうした⼩さな構造の形を直接⽬で⾒ることはできません。そこで⽤いられてきたのが、光を使って左右の違いを読み取る⽅法です。
これまで広く使われてきたのは「円偏光」と呼ばれる光です(図1 左)。円偏光は、電場と磁場が回転しながら進むねじれの性質を持っています。キラリティを持つ物質は、左巻きと右巻きの円偏光に対して異なる応答を⽰します。その違いを測ることで、分⼦レベルのキラリティを調べることができます。この仕組みはすでに理解されており、分⼦のねじれを調べる確⽴した⽅法となっています。
⼀⽅で近年注⽬されているのが、「光渦」と呼ばれる光です(図1 右)。光渦は、波⾯が回転しながら進むねじれの性質を持っています。光渦は、ドーナツ状に広がっていることが特徴です。円偏光が“局所的なねじれ”を持つのに対し、光渦は“空間的に広がったねじれ”を持ちます。そのため、分⼦が集まってできたより⼤きな⽴体構造のねじれにも応答する可能性があると考えられます。
実際に、キラリティを持つ物質に左巻きと右巻きの光渦を当てると、通り抜けた光の量に違いが⽣じることが報告されていました。しかし、ここに⼤きな疑問が残っていました。円偏光の場合とは異なり、光渦で観測される左右差がなぜ⽣じるのか、その理由は分かっていなかったのです。さらに、その差が本当に物質のキラリティを反映しているのかどうかも、⼗分には確かめられていませんでした。つまり、「左右差が⾒える」ことと、「それがキラリティに由来する」と⾔い切れることは別の問題だったのです。
本研究は、この未解決の問題に取り組み、光渦で観測される左右差の仕組みと、その起源が物質のキラリティにあることを、実験と理論の両⾯から明らかにしたものです。
研究手法
本研究では、左右対称ではない⽴体的なねじれを持つナノサイズの⼈⼯構造を試料として⽤いました。細い⾦の棒を2 本、指を交差させたようにねじって重ねた形をしており、「フィンガークロス構造」とも呼ばれています。光のねじれに対して敏感に応答するため、今回の検証に適した構造です。
実験に⽤いたのは「円偏光光渦」と呼ばれる特別な光です。これは、電磁場の回転に由来するねじれ(円偏光)と、波⾯の回転に由来するねじれ(光渦)という2 種類のねじれを同時に持つ光です。局所的なねじれと空間的に広がるねじれをあわせ持つことで、それぞれの効果を⽐べながら、光渦に特有の働きを⾒分けられるようにしました。
測定では、研究グループがこれまでに開発してきた⾼速切り替え技術(Rev. Sci. Instrum. 2024)を⽤い、左巻きと右巻きの円偏光光渦を1 秒間に5 万回(50 キロヘルツ)という速さで交互に切り替えながらナノ構造に照射しました。そして、通り抜けた光のごくわずかな差を⾼い精度で測定しました。このように光を⾼速で切り替えることで、⾮常に⼩さな左右差でも周囲の雑⾳に埋もれず検出することが可能になりました(図2(a))。
さらに、ナノ構造を少しずつ動かしながら測定を⾏い、光渦の空間的な広がりと応答の関係を詳しく調べました。また、光の⾊を変えながら測定することで、どの⾊でどのねじれの効果が強く現れるかを⽐較しました。
加えて、研究グループが新たに構築した理論(Phys. Rev. Research 2025)に基づいて解析し、観測された左右差を、円偏光の局所的なねじれ由来の成分と、光渦の空間的なねじれ由来の成分に分けました。これにより、実験で⾒えている左右差の起源を理論的に明らかにしました。
研究成果
透過光の左右差を空間的に測定したところ、光渦の明るさの分布と対応するドーナツ状のパターンが観測されました(図2(b)上)。光渦は中⼼が暗く、周囲が明るいドーナツ状の光の強さを持ちますが、左右差の信号も同じような形を⽰したのです。
しかし、詳しく⾒ると、ドーナツの部分と中⼼付近で、信号の性質がはっきりと異なっていました。ナノ構造が明るいドーナツ部分にある場合には、主に円偏光のねじれによる左右差が観測されました。⼀⽅で、光の強さがほとんどゼロになる中⼼付近では、性質の異なる左右差が現れました。光が弱い場所では応答も弱くなるはずだという直感に反して、中⼼で特有の振る舞いが⾒られたのです。
決定的だったのは、光の⾊を変えた時の変化のしかたです(図2(b)下)。ドーナツ部分で観測された左右差は、⾊を変えてもほとんど変化しませんでした。しかし中⼼付近では、ある⾊を境に左右差の向きが逆転しました。これは、中⼼で現れる信号が円偏光の局所的なねじれによるものではなく、光渦が空間的に広がって持つねじれに由来していることを⽰しています。
研究グループが新たに構築した理論に基づき、その数式をコンピューターで計算して解析した結果、中⼼付近では光渦のねじれが⽀配的であることが⽰されました(図2(c)上)。円偏光の効果だけでは、この振る舞いを説明できないことも明らかになりました。
これらの結果から、ドーナツ部分では円偏光のねじれ、中⼼では光渦のねじれが、それぞれ別々に応答を⽣み出していることが⽰されました。こうして、光渦でキラリティを⾒分けられる仕組みが、実験・計算・理論解析の三つの⽅法によって明確に⽰されました。
今後への期待
本成果により、光渦を使ったキラリティ計測は、単に左右差が⾒えるという現象の報告から、その理由まで分かる⼿法へと進みました。
これまで広く⽤いられてきた円偏光は、主に分⼦レベルの局所的なねじれに敏感に応答します。⼀⽅で光渦は、分⼦が集まってできたより⼤きな⽴体構造のねじれにも応答する可能性があります。本研究によって、その仕組みが初めて明確に⽰されました。
今後は、タンパク質の集合体やナノ材料など、より複雑な構造を持つ物質を、触れることなく光だけで調べる技術へと発展することが期待されます。また、光の空間的なねじれを⾃在に制御することで、物質内部の特定の構造だけを選んで読み出す新しいナノフォトニクス技術にもつながる可能性があります。
光が持つ“空間的なねじれ”と、物質が持つ“⽴体的なねじれ”と結びつくという原理が初めて明確になったことは、光と物質の関係をより深く理解する上で⼤きな前進です。
謝辞
本研究は、⽇本学術振興会科研費(JP24H00424、JP23K04669、JP22H05132、JP21K14594)、科学技術振興機構(JST)創発的研究⽀援事業(JPMJFR213O)、JST さきがけ(JPMJPR25J6)、並びに⽂部科学省「⼈と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」の⽀援を受けて実施されました。
論文情報
論文名
Unveiling orbital optical chirality through multipolar chiral light-matter interaction(多重極⼦のキラリティとの相互作⽤により顕在化した光の軌道⾓運動量に基づくキラリティ)
著者名
橋⾕⽥俊1、呉 安安2、⽥中嘉⼈1,2(1 北海道⼤学電⼦科学研究所、2 東京⼤学⽣産技術研究所)
雑誌名
Optica(光科学分野の国際的専⾨誌)
DOI
公表日
2026 年2 ⽉17 ⽇(⽕)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道⼤学電⼦科学研究所 教授 ⽥中嘉⼈(たなかよしと)
TEL 011-706-9321
FAX 011-706-9321
メール ytanaka[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://sites.google.com/view/tanaka-yoshito-lab
北海道⼤学電⼦科学研究所 助教 橋⾕⽥俊(はしやだしゅん)
TEL 011-706-9338
メール shun.hashiyada[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://researchmap.jp/hashi-sh_n
参考図

図1.円偏光と光渦の違い。左は円偏光で、電場と磁場が回転しながら進む「局所的なねじれ」を持つ光。光の強さは中⼼にも存在する。右は光渦で、波⾯が回転する「空間的に広がったねじれ」を持つ光。光の強さはドーナツ状に分布し、中⼼は暗くなる。

図2.本研究の実験と理論解析の概要。(a) 独⾃に開発した⾼速切り替え技術により、左巻きと右巻きの円偏光光渦を毎秒5 万回の速さで交互に照射し、⼈⼯ナノ構造「フィンガークロス構造」による透過光の左右差を⾼精度に測定した。(b) ナノ構造の位置を少しずつ動かしながら測定した左右差の空間分布(上)。左右差は光渦の強度分布に対応するドーナツ状のパターンを⽰す。ドーナツ中⼼付近での左右差を抜き出した⾊依存性のスペクトル(下)では、ある光の⾊を境に左右差の向きが反転することが分かった。(c) 独⾃に構築した理論に基づく解析結果(上)。観測された左右差を、円偏光の局所的なねじれ由来の成分と、光渦の空間的なねじれ由来の成分に分離した。実験と同様の条件で計算した中⼼付近の左右差のスペクトル(下)は、実験と同様の⼆つのピークを⽰し、それぞれ電気四重極⼦の結合モードと反結合モードに対応する。









