北海道⼤学
熊本⼤学
遅延・⼆⾊発光を⽰す異性体臭化インジウム単結晶を開発
~将来の発光デバイスやディスプレイへの応⽤に期待~
ポイント
- 遅延発光及び⼆⾊発光を⽰す有機‒無機ハイブリッド型の臭化インジウム単結晶の開発に成功。
- 緑⾊と⻩⾊の発光の起源が異性体のような構造関係にあることを解明。
- 次世代の発光デバイスやディスプレイへの応⽤に期待。
概要
北海道⼤学電⼦科学研究所のヴァスデヴァン・ピライ・ビジュ教授と岡本拓也助教らの研究グループは、熊本⼤学⼤学院先端科学研究部の⾼橋仁徳准教授らとともに、遅延発光*1 と⼆⾊発光*2 の両⽅を⽰す有機‒無機ハイブリッド*3 型の臭化インジウム単結晶の開発に成功しました。 発光材料は LED やディスプレイなどに幅広く利⽤され、発光の⾊やその持続時間は材料中の電⼦の動きや原⼦との相互作⽤によって決まります。近年、有機‒無機ハイブリッド材料、特にハイブリッド⾦属ハライド*4が注⽬されています。鉛などの有害な⾦属を⽤いた材料の代替として、構造の⾃由度が⾼く安全なインジウムのハイブリッド材料への関⼼が⾼まっていますが、複数の発光特性を同時に制御する例はまだ⼗分には報告されていません。
本研究では同じ化学組成を持ちながら異なる結晶構造を⽰す、いわば異性体*5 のような関係にある結晶が、それぞれ緑⾊及び⻩⾊の発光を⽰すことを明らかにしました。さらに、時間分解発光測定*6により、緑⾊発光は速い励起⼦再結合*7 によるものであり、⻩⾊発光は遅れて光る⾃⼰束縛*8 型の励起⼦再結合に由来することを明らかにしました。本成果は、原⼦レベルの構造制御によって発光の⾊と持続時間を同時に制御できることを⽰したもので、安全で⾼機能な次世代の光材料の開発につながると期待されます。
なお、本研究成果は、2026 年 1 ⽉ 29 ⽇(⽊)に英国王⽴化学会(Royal Society of Chemistry)のMaterials Horizons 誌に早期オンライン公開されました。

緑⾊及び⻩⾊発光を⽰し、異性体のような関係を持つ有機‒無機ハイブリッド型臭化インジウム結晶((C10H22N2)4In4Br20)の模式図
背景
発光材料は、LED 照明やディスプレイ、医療⽤の画像装置など私たちの⾝の回りの様々な製品に使われており、現代の⽣活を⽀える重要な材料です。これらの技術の進歩により、より多彩な⾊で光る材料や光るタイミングを正確にコントロールできる材料などが求められるようになってきました。そのため原⼦や分⼦といったごく⼩さなレベルで発光の原理を理解し、⾃在に操ることが材料研究の⼤きな⽬標の⼀つとなっています。光の⾊やどれくらいの時間光り続けるかは、材料の中で電⼦がどのように動き、周囲の原⼦とどのように相互作⽤するかによって決まります。発光材料は、光や電気などのエネルギーを受け取り(励起)、それを⽬に⾒える光として放出します。多くの場合、光はすぐに放出されますが、材料によっては少し遅れて光ることもあります。このような遅れて光る性質は、センサーや医療画像、正確な時間計測を⾏う光技術などへの応⽤が期待されています。
この 20 年ほどで、有機‒無機ハイブリッド材料と呼ばれる新しい材料が注⽬されてきました。中でも、⾦属元素、ハロゲン元素、有機分⼦からなるハイブリッド⾦属ハライドは、化学構造や発光特性を幅広く調整できることから注⽬されています。さらに、同じ材料成分であっても、異性体のように原⼦の並び⽅が少し違うだけで異なる結晶構造になることがあります。このわずかな違いが、光の⾊や明るさ、そして光る時間に⼤きな変化をもたらします。そのため、こうした結晶構造の違いを利⽤することは、機能性の⾼い発光材料を設計するための有効な⽅法です。近年では、環境や健康への影響が⼼配される鉛などの有害⾦属を含む材料の代わりとして、インジウムのハイブリッド材料への関⼼が⾼まっています。インジウム材料は構造の⾃由度が⾼く、より安全で持続可能な材料として期待されていますが、複数の発光の性質を同時に制御できる例は、これまで多くありませんでした。
研究手法・研究成果
本研究は、有機-無機ハイブリッド材料、インジウム系材料、そして異性体の三つの要素を組み合わせた新しい材料設計を⾏いました。図 1 に⽰すように有機分⼦の 4-piperidinopiperidine と無機塩の臭化インジウムの溶液を 120℃の温度にて調製し、時間をかけて冷却することで結晶を作製しました。その際、この前駆体溶液を冷却する時間を変えることで緑⾊に光る結晶と⻩⾊に光る結晶がそれぞれ得られました。作製した結晶の分⼦式はどちらも(C10H22N2)4In4Br20 を⽰し、有機分⼦と InBr6 ⼋⾯体及び InBr4 四⾯体からなる無機構造体で構成されています。重要な点として、緑⾊発光を⽰す結晶と⻩⾊発光を⽰す結晶とでは InBr4 四⾯体の配置がそれぞれ異なることを発⾒しました(図 2a、b)。緑⾊発光を⽰す結晶では⼋つの頂点共有型及び⼆つの⾯共有型 InBr6 ⼋⾯体(⼋⾯体ネットワーク)内に四つの⾯共有型 InBr4 四⾯体を含む構造を⽰します。⼀⽅、⻩⾊発光を⽰す結晶では同様の⼋⾯体ネットワークの内部に⼆つの InBr4四⾯体を含む構造を⽰します。
時間分解発光測定の結果(図 2c、d)、緑⾊発光を⽰す結晶では 0 次元のハロゲン化⾦属*9 に典型的 な励起⼦再結合に由来する、短い寿命の発光が確認されました。⼀⽅、⻩⾊発光を⽰す結晶では、数百ナノ秒スケールの遅延発光成分と顕著な⾚⽅偏移*10 が観測されました。この挙動は、光吸収によって⽣成された励起⼦が、再結合前に結晶格⼦内の局在状態に⾃⼰束縛されることを⽰唆しています。さらに解析の結果、⻩⾊発光を⽰す結晶では⾃⼰束縛された励起⼦の再結合に起因する発光の特徴である⼤きな Huang‒Rhys 因⼦*11 と⾼い活性化エネルギー*12が確認されました。
このように同⼀の化学組成及び類似した結晶構造を共有しつつも、原⼦レベルでのわずかな構造の違いだけで異なる⾊に光り、光励起をしてから光るまでの時間を制御可能であることを⽰した点が本研究の⼤きな特徴です。この成果は、複数の発光の性質を材料の原⼦配置のわずかな違いを制御する新しい⽅法を⽰しており、将来の⾼機能な光技術の開発に向けた重要な⼀歩となります。
今後への期待
本研究で開発した有機‒無機ハイブリッド型の臭化インジウム単結晶における遅延発光及び⼆⾊発光の発⾒は、光センシングや時間分解分光における信号対雑⾳⽐の向上や、より簡易な構造の⽩⾊光源及び⾊可変 LED の設計、そして光デバイス分野における新しい機能性材料開発に寄与します。
本研究で得られた有機‒無機ハイブリッド型の臭化インジウム単結晶の構造及び光物性に関する知⾒は、多機能なハロゲン化⾦属材料設計の指針になり得ます。同⼀の化学組成で異なる結晶構造を持つ異性体というコンセプトを活⽤することで、より多⾊な発光や遅延発光、そして強い光と物質の相互作⽤を⽰す材料設計が可能になります。
謝辞
本研究は JSPS 科研費 JP23H01781 の助成を受けたものです。
論文情報
論文名
Isomeric organic-inorganic indium bromide single crystals with delayed and dual colour emission(遅延発光及び⼆⾊発光を⽰す異性体の有機-無機臭化インジウム単結晶)
著者名
Haichao Zhou1、⾼橋 仁徳2、岡本 拓也1、3、Jianguo Pan4、Vasudevanpillai Biju1、3(1北海道⼤学⼤学院環境科学院、2熊本⼤学⼤学院先端科学研究部、3北海道⼤学電⼦科学研究所、 4寧波⼤学材料科学・化学⼯学学院)
雑誌名
Materials Horizons(材料科学の専⾨誌)
DOI
公表日
2026 年 1 ⽉ 29 ⽇(⽊)(オンライン公開))
お問い合わせ先
北海道⼤学電⼦科学研究所 教授 Vasudevan Pillai Biju(ゔぁすでゔぁんぴらいびじゅ)
TEL 011-706-9417
メール biju[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://bijulab.main.jp/jp/
参考図

図1.緑⾊及び⻩⾊発光を⽰す (C10H22N2)4In4Br20結晶の合成スキーム。

図2.(a)緑⾊発光及び(b)⻩⾊発光を⽰す結晶の単結晶 X 線構造解析の結果、(c、d)緑⾊発光及び⻩⾊発光異性体の(c)発光スペクトルと(d)発光減衰曲線の模式図。
用語解説
*1 遅延発光
光励起をしたのち、励起状態が⻑時間持続したのち励起⼦再結合によって光が遅れて放出される現象。
*2 ⼆⾊発光(Dual emission)
同じ化学組成の物質から、構造の違いや外部環境の影響により異なる波⻑(⾊)の発光が同時に観測される現象。
*3 有機‒無機ハイブリッド
安定で丈夫な無機材料と化学設計の⾃由度が⾼い有機分⼦を組み合わせた材料。
*4 ハイブリッド⾦属ハライド
ハロゲン元素(塩素や臭素など)、⾦属元素、有機分⼦からなる有機‒無機ハイブリッド材料。
*5 異性体
分⼦式が同じでありながら化学構造が異なる物質同⼠のこと。
*6 時間分解発光測定
試料に⾮常に短い時間(~10-12 秒程度)だけ光を照射して発光強度の時間変化を測定する⼿法。
*7 励起⼦再結合
光励起によって⽣成された励起⼦(電⼦と正孔)が再び結合する現象。
*8 ⾃⼰束縛
光励起によって結晶格⼦が局所的に⼤きく歪み、励起⼦が特定の場所に局在する現象。
*9 0 次元のハロゲン化⾦属
ハロゲン元素と⾦属元素が結合して独⽴した⼩さな分⼦の集団を形成し、結晶内ではその集団同⼠がつながらず独⽴して存在する構造。
*10 ⾚⽅偏移
発光スペクトルのピークが⻑波⻑側(波⻑が⻑くなる⽅向)にシフトすること。
*11 Huang‒Rhys 因⼦
光励起により分⼦構造や結晶格⼦が変形する程度を⽰す指標。値が⼤きいほど構造変化が顕著である。
*12 活性化エネルギー
⾃⼰束縛励起⼦が光を放出しない励起⼦再結合過程(熱による緩和など)に移⾏するために必要なエネルギー。








