光で操る「マイクロドローン」でナノ空間の微⼩な⼒を全⽅位計測
~6 ⾃由度制御により、光の「ねじれ」が⽣む未知のトルクを初観測~
ポイント
- 光で操る“マイクロドローン”でナノ空間の⼒を3D 計測ー6⾃由度の全⽅位センシング技術を確⽴。
- 光の“ねじれ(キラリティー)”が物体を横向きに回す⼒を世界初観測。
- ⽣体分⼦から量⼦⼒学的な⼒まで“⾒えなかった⼒”を測る全く新しい計測プラットフォームを確⽴。
概要
北海道⼤学電⼦科学研究所の⽥中嘉⼈教授らの研究グループは、光で⾃在に操る「マイクロドローン」を⽤いて、これまで光の回折限界*1という制約のために測定が困難だった、ナノ空間で働く微⼩な⼒とトルク(回転させる⼒)を 3 次元的に計測する全く新しい⼿法を開発しました。
光がナノ粒⼦に及ぼす⼒は、ナノ粒⼦操作技術やナノマシン技術に⽋かせない重要な要素です。しかし光には「回折限界」と呼ばれる性質があるため、ナノ粒⼦の位置や向きを正確に制御・計測することが難しく、⼒の働き全体(⼒学応答)を捉えることが困難でした。本研究では、⼗字型のマイクロ構造体の中⼼に測定対象のナノ物質を埋め込んだ、独⾃の「センサー機体(光駆動マイクロドローン)」を開発しました。これを 4 本の集光レーザービームで 3 次元的に捕捉し、位置(前後・左右・上下)と姿勢(3 軸の回転)の合計六つの動き(6 ⾃由度)を極めて⾼い精度で追跡する技術を確⽴しました。この⼿法を⽤いて、V 字形状をした異⽅性⾦属ナノ粒⼦に光を照射した際の応答を詳細に調べた結果、光の進⾏⽅向と垂直な軸まわりに回転が⽣じる「横⽅向光トルク」を初めて観測しました。この現象は、従来知られていた照射光の回転(⾓運動量)によるトルクとは異なり、照射光そのものが持つ「光のねじれ*2(キラリティー)」によって引き起こされるものであり、光が物質に及ぼす⼒の新しい仕組みを⽰す重要な成果です。
本成果は、光ナノ粒⼦操作や光ナノマシンの精密な制御を可能にするだけでなく、⽣体分⼦の複雑な回転運動の解明や量⼦⼒学的な⼒の検証など、これまで「⾒えなかった⼒」を読み取る新しい計測プラットフォームとして、広範な科学分野への発展に寄与することが期待されます。
なお、本研究成果は、2026 年 4 ⽉ 20 ⽇(⽉)公開の Nature Physics 誌にオンライン掲載されました。

光の回折限界により調べることが困難であったV 字形のナノ構造に働く横向きの回転の⼒を、光駆動マイクロドローンの動きを⼿がかりにして観察をするイメージ図。
背景
光が物質に照射されるときに⽣じる微⼩な⼒(光圧や光トルク*3(回転させる⼒))を利⽤して物体を操る技術は、ナノテクノロジーの根幹を⽀えています。近年、この技術をさらに発展させ、ナノ構造のサイズや形状を精密に設計することで、光が本来持つ進⾏⽅向や運動量に縛られず、光圧や光トルクの向きと⼤きさを⾃在にコントロールする「ナノ構造光圧アクチュエータ」が⼤きな注⽬を集めています。例えば、レーザービームにより⾼速推進させる次世代の宇宙探査船において、複雑な電⼦機器を使わずに、帆の表⾯に作製したナノ構造に働く光圧・光トルクによって位置や姿勢を⾃動修正したり、体内の患部へ薬を運ぶナノマシンに埋め込んだナノ構造に働く光圧・光トルクが⾃律的に進路を保ったりといった、⾰新的な応⽤の鍵を握っています。
しかし、ナノ構造が光を受けて⽣み出す微⼩な⼒を正確に測定・評価し、思い通りに設計するためには、物理学的な⼆つの⼤きな壁が存在していました。⼀つは「熱雑⾳(熱揺らぎ)」による信号の消失です。ナノ物体(ナノ構造含む)は周囲の分⼦から絶えず衝突を受け、ランダムに激しく動き回っており(熱運動)、計測対象となる微⼩な⼒やトルクはこの激しい揺らぎによって平均化され、検出したい信号が埋もれてしまいます。つまり、熱運動を「束縛」して姿勢を固定しない限り、ナノ構造が発する真の⼒学的信号を正確に測定することは困難です。もう⼀つは光の「回折限界」と呼ばれる性質による光計測の限界です。光の波⻑よりも⼩さなナノ構造の「向き」や「姿勢」の変化は、回折限界のために正確に識別できません。ナノ構造がどの軸を中⼼に、どの程度の⼒やトルクで回っているのかという「⼒学的応答の全体像」を捉えるための標準的な計測⼿法は、これまで存在しませんでした。
本研究は、これらナノ世界の壁を突破し、ナノ構造が⽣み出す微⼩な⼒を、より⼤きな構造の動きへと変換して読み出す、いわば「ナノの⼒を可視化する⾼感度なセンサー」として、世界初のナノ計測プラットフォームの開発に挑みました。
研究手法
研究グループは、ナノ構造が⽣み出す微⼩な⼒学応答を精密に評価するため、独⾃のナノ計測プラ ットフォーム「光駆動マイクロドローン」を開発しました。この⼿法は、背景で述べた⼆つの物理的な壁を、以下の三つの画期的なアプローチによって同時に解消するものです。
第⼀に、図 1a に⽰すように、ナノ構造を⼗字型のマイクロ構造体(機体)の中⼼に埋め込み、その機体を 4 本の集光レーザービームで 3 次元的に安定して捕捉しました。これにより、ナノ構造を激しい熱運動から物理的に「束縛」し、異⽅的な信号が熱雑⾳によって打ち消されることを防ぎました。第⼆に、図 2 に⽰すように、この⼤きな機体の動きを精密に追跡することで、回折限界によって識別不能だったナノ構造のわずかな位置や傾きの変化を、機体全体のダイナミックな動きへと「翻訳」しました。これにより、ナノ構造がどの軸を中⼼に、どの程度の⼒・トルクを受けているのかという、位置と姿勢の合計「六つの動き(6 ⾃由度)」すべてを極めて⾼い精度で捉えることを可能にしました。第三に、計測のノイズを極限まで排除するための「透明化(ステルス)」です。機体⾃体が受ける不要な光圧やトルクを排除するため、機体の素材(シリカ)の屈折率を周囲の液体に⼀致させる「屈折率マッチング」を施しました。これにより、図 1b で⽰すように、機体は光に対して光学的に透明な状態となり、光圧・光トルク発⽣⽤の光は機体を素通りして、中⼼にあるナノ構造だけを照射することが可能となります。結果として、ドローン⾃体に邪魔されることなく、ナノ構造に働く「純粋な光圧・光トルク」だけを正確に抽出することに成功しました。これは、従来難しかったナノ世界の微⼩な⼒学応答に直接アクセスできる、全く新しいナノ計測プラットフォームの確⽴を意味します。
研究成果
本研究グループは、開発したナノ計測プラットフォームを⽤い、V 字形の異⽅性⾦ナノ構造に光を照射した際の⼒学的応答を詳細に評価しました。その結果、光の進⾏⽅向(光軸)と同じ軸まわりに回転が⽣じるという従来の物理学の常識を覆し、光軸と垂直な⾯内に軸まわりで回転が引き起こされる「横⽅向光トルク」を世界で初めて観測することに成功しました。
この未知の現象の正体を突き⽌めるため、研究グループは図 3a で⽰す独⾃の実験系をデザインしました。右巻きと左巻きの円偏光を対向させて照射することで、⼊射光が持つ「⾓運動量(光⾃体の回転)」を互いに打ち消しつつ、光のねじれだけが残る特殊な環境を作り出したのです。この条件下での計測により、図 3b で⽰すように、⾓運動量がゼロであっても光のねじれの向きに応じてトルクが反転することを突き⽌め、この回転が「光のねじれ」そのものとナノ構造の相互作⽤に由来することを明確に⽰しました。
さらに、この発⾒は理論的な解析によっても強⼒に裏付けられました。理論モデルから導出された横⽅向光トルクの式:

は、横⽅向トルクが「光のねじれC」と「ナノ構造の共鳴特性α′ₛ 」の相乗効果で決まることを⽰しています(l はナノ構造の⼤きさ、ε は周辺誘電率)。実際に、光の波⻑を変えてナノ構造のプラズモン共鳴*4 状態を変化させると、図 3b で⽰すように、理論の予測通り、共鳴ピークを境にトルクの向きが明確に逆転する現象を捉え、実験と理論の両⾯からこの新現象のメカニズムを解明しました。
今後への期待
本研究で確⽴された「ナノ世界の⼒を可視化するプラットフォーム」は、ターゲットとなるナノ構造のサイズや形状、組成、さらには蛍光特性の有無に依存しない極めて汎⽤性の⾼い技術です。これにより、これまで計測が困難であった低蛍光・不透明な材料や、複雑なメタマテリアルに働く光圧・光トルクの評価が可能となり、光の進⾏⽅向に縛られずあらゆる⽅向の⼒やトルクを⾃在に⽣み出す「⾃律型ナノ構造光圧アクチュエータ」の設計が⾶躍的に発展することが期待されます。
この精密な 3 次元計測技術は、光操作の枠を超えて広範な科学分野への波及が期待されます。⽣物物理学においては、RNA ポリメラーゼや回転モータといった⽣体分⼦マシンの複雑なベクトル⼒学解析に、また量⼦物理学においては、⾦属板間に働くカシミール効果や、量⼦オプトメカニクスにおける極限的な⼒学現象の探索に⼤きく貢献します。ナノテクノロジー、バイオ、量⼦物理といった諸分野を横断し、未知の物理現象を解き明かすための不可⽋な基盤技術となることが期待されます。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究⽀援事業(JPMJFR213O)、⽇本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP22H05132、JP21K14594)、並びに JSPS 地域中核・特⾊ある研究⼤学強化促進事業(JPJS00420230001)の⽀援を受けて実施されました。
論文情報
論文名
Transverse Optical Torque observed at the Nanoscale(ナノ空間で観察された横⽅向光トルク)
著者名
福原⻯⾺ 1、志村 努 1、⽥中嘉⼈ 1,2,*(1東京⼤学⽣産技術研究所、2北海道⼤学電⼦科学研究所、*責任著者)
雑誌名
Nature Physics(物理学の専⾨誌)
DOI
公表日
2026 年 4 ⽉ 20 ⽇(⽉)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道⼤学電⼦科学研究所 教授 ⽥中嘉⼈(たなかよしと)
TEL 011-706-9321
FAX 011-706-9321
メール ytanaka[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://sites.google.com/view/tanaka-yoshito-lab
参考図

図1.ナノ計測プラットフォーム「光駆動マイクロドローン」の構造と光学特性
(a)マイクロドローンの構成:4 本の集光レーザービームで⼗字型のマイクロ構造体(機体)を 3次元的に光捕捉(左図)し、その中⼼に埋め込んだ標的ナノ構造(右図)の熱運動を束縛している様⼦。(b)屈折率マッチングによる光学的透明化:周辺媒質との屈折率マッチングがない場合(上図)に対し、屈折率マッチングがある場合(下図)ではマイクロ構造体が光学的に透明になり、内部に埋め込んだナノ構造のみに光が照射できる状態「ステルス化」を⽰している。中⼼の標的ナノ構造以外の輝点は、透明化したマイクロドローンの光捕捉⽤及び位置・姿勢計測⽤のナノ粒⼦を⽰している。

図2.6 ⾃由度(位置・姿勢)の⾼精度計測
ナノ構造を保持したマイクロドローンの 3 次元的な位置揺らぎ(x, y, z:左図)及び各軸まわりの回転揺らぎ(θx, θy, θz:右図)の計測データ。ナノ構造の熱運動を抑えつつ、微⼩な変位を機体全体の動きとして捉えることで、⾼い空間分解能を実現している。

図3.横⽅向光トルクの観測とメカニズム解明
(a)照射系:対向ビームにより⾓運動量を相殺し、光のねじれのみを純粋に作⽤させる実験系。(b)横⽅向光トルクの波⻑依存性:左巻き(正)と右巻き(負)の光のねじれに応じたトルクの反転、及びプラズモン共鳴ピークを境としたトルクの向きの逆転を⽰している。
用語解説
*1 光の回折限界
光が「波」の性質を持つために⽣じる物理的な壁のこと。レンズで光をどれだけ絞り込もうとしても、光の波⻑(波の 1 周期)より⼩さい範囲に集中させることはできない。これを回折限界と呼び、従来の光学顕微鏡で「どこまで⼩さなものが⾒えるか」や、光による微細加⼯の精密さを決める限界となっていた。
*2 光のねじれ(キラリティー)
光が進⾏⽅向に沿って、らせん状に回転しながら進む性質のこと。右にねじれた光と左にねじれた光があり、この「右と左の区別がある性質」をキラリティーと呼ぶ。⾝近な例では、ネジやらせん階段、あるいは右⼿と左⼿の関係と同じである。本研究では、この光のねじれが、ナノサイズの物体を特定の⽅向に回転させる「鍵」となっている。
*3 光圧や光トルク
光が物質に当たったり、反射・屈折したりする際に、物質を「押す⼒(光圧)」や「回す⼒(光トルク)」のこと。光には重さ(質量)はないが、エネルギーと運動量を持っているため、ミクロな世界では「光の⾵」のように物質を動かすことができる。⽇常では感じられないほど微⼩だが、本研究の「マイクロドローン」を操るためのエンジンにもなっている。
*4 ナノ構造のプラズモン共鳴
⾦属のナノ粒⼦(1 ミリの 100 万分の 1 程度の粒⼦)の中で、電⼦が集団でゆさゆさと揺れる現象。特定の⾊の光を当てると、楽器の弦が共鳴するように激しく反応し、光のエネルギーを極めて狭い範囲に閉じ込めることができる。これにより、通常の光では操作できないほど⼩さなナノ構造に対して、光を使って強⼒な⼒を及ぼすことが可能になる。








