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微量タンパク質の状態を簡便に読み取る新技術

微量タンパク質の状態を簡便に読み取る新技術

~簡易なラマン分光装置でタンパク質の⽴体構造を反映した分⼦構造情報の取得を実現~

ポイント

  • タンパク質の立体構造を反映した分子構造情報を取得する新たな分析基板「c-AuTAG」を開発。
  • 簡易なラマン分光装置でキラリティを反映した分子構造情報を迅速・高感度に取得。
  • タンパク質の状態変化を簡便に評価する新たな分析技術として期待。

概要

北海道大学電子科学研究所の三友秀之准教授、同大学大学院生命科学院博士後期課程のエムディ  アブドゥル カイユン氏らの研究グループは、タンパク質の立体構造を反映した情報を微量試料から高感度に取得できる新しい分析基板「c-AuTAG」を開発しました。

タンパク質の立体構造や糖修飾などの状態変化は、アルツハイマー病や糖尿病をはじめとする様々な疾患と深く関係していることから、それらを簡便かつ高感度に評価できる分析技術が求められています。従来、タンパク質の立体構造を反映した情報を得る手法として、左右円偏光を用いるラマン光学活性(ROA)*1が知られています。しかし、ROAは専用の偏光光学系を必要とし、信号も極めて弱いことから、高濃度試料や長時間測定が必要でした。本研究では、L体またはD体のペプチドで修飾した三角形プレート状金ナノ粒子の集積膜とゲルを組み合わせた新しい分析基板「c-AuTAG」を開発しました。この基板では、ゲルを通じて試料中のタンパク質を金ナノ構造間に形成される強い電場領域へ効率的に導入することで、表面増強ラマン散乱(SERS)*2信号を高感度に取得できます。さらに、L体及びD体のペプチドで修飾した2種類の基板で同一試料を測定し、それぞれのラマンスペクトルの差を解析することで、通常のラマン分光装置を用いて、ROAで得られるようなタンパク質の立体構造を反映した分子構造情報を、微量試料から短時間かつ高感度に取得できることを示しました。さらに、ヘモグロビンや糖化ヘモグロビン(HbA1c)*3の解析を通じて、タンパク質の立体構造や糖付加に伴う状態変化を高感度かつ定量的に評価できる可能性を示しました。

本技術は、タンパク質の状態を簡便に調べる新たな分析法として、基礎研究から将来の疾患関連分析まで幅広い応用が期待されます。

なお、本研究成果は、2026年8月17日(月)公開のACS Sensors誌にオンライン掲載されました。

背景

タンパク質は生命活動を担う重要な分子であり、その立体構造や糖の付加、凝集などの状態は、アルツハイマー病や糖尿病をはじめとする様々な疾患と深く関係しています。そのため、タンパク質の状態を簡便に評価できる技術への期待が高まっています。タンパク質の立体構造を詳細に解析するためには、NMR、X線結晶構造解析、クライオ電子顕微鏡などの高度な分析法が利用されています。しかし、これらは精密な構造解析を目的とした手法であり、日常的な検査や診断へ容易に応用できる分析法ではありません。そのため、簡便かつ短時間で分子構造情報を取得できるラマン分析をはじめとする光分析法が有望視されています。近年では、金属ナノ構造を利用してラマン信号を大幅に増強する表面増強ラマン散乱(SERS)により、微量試料の高感度分析が可能となっています。一方、タンパク質の立体構造を反映するキラリティ*4情報を得られるラマン光学活性(ROA)は、信号が極めて弱く、高濃度試料や長時間測定を必要とするため、実用化への課題がありました。そこで研究グループは、SERSの超高感度性を活用し、ROAで得られるような情報を簡便に取得できる新しい分析法の開発を目指しました。

研究⼿法と成果

研究グループはこれまでに、ゲルとプラズモニックナノ構造を組み合わせた分析基板「AuTAG」と、ゲルの膨潤・収縮を利用してタンパク質をホットスポットへ導く試料導入法「GFT(Gel-Filled Trapping)法」を開発してきました。GFT法では、タンパク質をラマン信号が強く増強されるホットスポットへ効率よく導くことで、微量試料から強いSERS信号を得ることができます。本研究では、この分析基板AuTAGをさらに発展させ、L体・D体のペプチドで修飾した三角形金ナノ粒子を規則的に配列した分析基板「c-AuTAG」を開発しました(図1a、b)。c-AuTAGでは、ホットスポット内にキラル近接場(キラリティを反映した光学環境)が形成されるため、タンパク質の立体構造を反映したラマン応答を高感度に検出できます。さらに、L体基板とD体基板で同一試料を測定し、それぞれのラマンスペクトルの差を解析するROA様解析を行うことで、従来のROAで得られるようなタンパク質のキラリティ情報を、微量試料から短時間で取得できる新しい分析法を実現しました(図1c)。

本手法を用いて、ヘモグロビン(Hb)とコンカナバリンA(ConA)を測定したところ、特徴的なSERSスペクトルが得られ、微量タンパク質から分子構造情報を高感度に取得できることを示しました(図2a、b)。さらに、L体基板とD体基板で得られたスペクトルの差を解析することで、それぞれ特徴的なROA様シグナルが得られ、タンパク質の立体構造の違いを反映した応答が観測されました(図2c)。一方、糖尿病の重要な診断指標である糖化ヘモグロビン(HbA1c)について解析した結果、タンパク質由来の構造情報に加え、糖修飾に由来する違いも高感度に検出できることを明らかにしました。血液中ではHbとHbA1cが共存し、その割合は糖尿病の診断・管理に利用されています。本研究では、HbA1cに由来する糖修飾シグナルがHbA1cの割合に応じて変化することを確認するとともに、そのシグナルを用いてHbA1cの割合を定量的に評価できる可能性を示しました(図3)。

今後への期待

本研究で開発した分析法は、タンパク質の状態変化を少量試料から迅速に評価できる新しい計測技術として、タンパク質研究やバイオ医薬品の品質評価への応用が期待されます。また、糖修飾や凝集など疾患に関連するタンパク質の状態変化を高感度に検出できる可能性があることから、将来的にはアルツハイマー病などの神経変性疾患や糖尿病に関連するバイオマーカーの分析、さらには健康診断や早期診断を支える新しい分析技術への発展が期待されます。

謝辞

本研究は、⽂部科学省科学研究費助成事業(JP23K04902、JP25K22224、JP23H05464、JP24K03258、JP24K01275)及び上原記念生命科学財団(No.202420264)の⽀援を受けて実施されました。また、本研究の一部は、文部科学省「国費外国人留学生制度」、⽂部科学省「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」並びに文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)」事業(JPMXP1224HK0048、JPMXP1225HK0045)の⽀援を受けました。

論文情報

論文名

Peptide-Induced Chiral Plasmonic Hotspots for Ultrasensitive Chirality-Dependent Raman Analysis of Proteins(ペプチド誘起キラルプラズモニックホットスポットを用いたタンパク質の超高感度キラリティ依存ラマン分析)

著者名

Md Abdul Kaiyum1、Tianxu Gao1(研究当時)、Han Lin2、石 旭2、3、笹木敬司2、三澤弘明2、4、5、居城邦治2、三友秀之21北海道大学大学院生命科学院、2北海道大学電子科学研究所、3北海道大学総合イノベーション創発機構、4岡⼭⼤学異分野基礎科学研究所、5国⽴陽明交通⼤学)

雑誌名

ACS Sensors(センサー・センシング技術の専門誌)

DOI

10.1021/acssensors.6c03237

公表日

2026年8月17日(月)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道⼤学電⼦科学研究所   准教授    三友秀之(みともひでゆき)
TEL 011-706-9370
FAX 011-706-9361
メール mitomo[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://chem.es.hokudai.ac.jp/

参考図

図1

図1.(a)表面修飾に用いたL体・D体のペプチド。(b)ペプチドで修飾した三角形プレート状金ナノ粒子自己組織化膜をハイドロゲル上へ転写して作製したキラル分析基板(c-AuTAG)とGel Filter Trapping法によるタンパク質の導入。(c)ラマン分光装置を用いたラマン散乱測定と差スペクトル解析によるタンパク質の立体構造を反映した分子構造情報の取得のイメージ図。

図2

図2.(a)ヘモグロビン(Hb)及び(b)コンカナバリンA(ConA)の各c-AuTAG基板で得られたSERSスペクトル。(c)L体基板とD体基板のスペクトル差から得られたROA様差スペクトル。

図3

図3.(a)糖化ヘモグロビン(HbA1c)の各c-AuTAG基板で得られたSERSスペクトル。(b)HbA1cとHbを異なる割合で混合した試料から得られたROA様差スペクトル(c)HbA1c含有率(HbA1c fraction)に対する、HbA1cに結合した糖に由来するシグナル(827cm-1)とタンパク質に由来するシグナル(1602cm-1)の強度比。

用語解説

*1 ラマン光学活性(ROA)

分子に光を照射すると、分子の振動に応じて入射光とは異なる振動数の光(ラマン散乱)が生じる。このラマン散乱を波長ごとに測定し、分子の構造情報を取得する分析法をラマン分光という。得られるラマンスペクトルは分子固有の情報を反映することから、「分子の指紋」とも呼ばれ、物質の識別や構造解析に広く利用されている。ラマン光学活性(ROA)は、このラマン分光において左右円偏光を用いて測定し、分子の立体構造やキラリティを反映した情報を取得する分析法である。タンパク質などの立体構造解析に有用である一方、信号が非常に弱く、高濃度試料や長時間測定を必要とする。

*2 表⾯増強ラマン散乱 (SERS)

ラマン散乱が金や銀などの金属ナノ構造表面で形成される局所的な強い電場(ホットスポット)によって大幅に増強される現象であり、微量分子でも高感度に検出できる分析手法として広く利用されている。

*3 糖化ヘモグロビン(HbA1c)

ヘモグロビンにブドウ糖が結合したタンパク質。血液中では全ヘモグロビンの約5~7%を占め、その割合は過去1~2か月の平均的な血糖値を反映することから、糖尿病の診断や治療管理に広く利用されている。

*4 キラリティ

鏡像関係にあるにもかかわらず重ね合わせることができない性質のこと。生体分子の立体構造や機能と密接に関係している。

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