国立大学法人北海道大学
国立大学法人東北大学
特定国立研究開発法人理化学研究所
ポイント
- 無機ナノ粒⼦を⽤いた新しいナノカプセル作製⽅法を確⽴。
- ⽔溶性薬剤を⾼効率かつ⾼濃度で内包可能に。
- 光や磁場による放出制御が可能な薬物送達キャリアとして期待。
概要
北海道⼤学電⼦科学研究所の三友秀之准教授(研究当時:東北⼤学多元物質科学研究所兼務)、居城邦治教授、⾕地赳拓博⼠研究員(現在:東北⼤学多元物質科学研究所 助教)、理化学研究所放射光科学研究センターの⽶倉功治グループディレクター(東北⼤学多元物質科学研究所 教授兼務)らの研究グループは、無機ナノ粒⼦を構成要素としたナノサイズの中空カプセル構造体を作製する新たな技術を開発しました。
本研究で開発された中空カプセル(直径100 nm)は、薬剤を内包し、標的とする疾患部位へ適切に薬剤を送達するドラッグデリバリーキャリアとしての応⽤が期待されます。これまで、リポソームや⾼分⼦材料を⽤いた有機系キャリアが広く研究されてきましたが、⾚外光や磁場といった⽣体透過性の⾼い外部刺激への応答性が低く、薬剤の放出を制御する上で課題がありました。
本研究では、⽔と混和する有機溶媒とクエン酸⽔溶液から成る液-液相分離*1 を活⽤し、その界⾯にナノ粒⼦を集積させることで、中空カプセル構造体を構築する新たな⼿法を確⽴しました。構成粒⼦には、光に応答する⾦ナノ粒⼦や、磁場に応答する酸化鉄ナノ粒⼦といった機能性ナノ粒⼦を使⽤しており、外部刺激による⾼精度な薬剤放出の制御が期待されます。さらに、形成過程において、クエン酸⽔溶液の微⼩液滴から⽔分が抽出されることで、薬剤送達に適した約100 nm のカプセルが形成されると同時に、内包物が2,000 倍に濃縮されるという⾮常に⾼い内包効率を実現しました。本成果は、光や磁場といった外部刺激による薬剤放出制御が可能な新しい無機ナノカプセル型薬剤送達キャリアとして、副作⽤の少ない治療法の実現に貢献することが期待されます。
なお、本研究成果は、2025 年5 ⽉7 ⽇(⽔)公開のSmall 誌にオンライン掲載されました。また、掲載号のInside Cover にも選出されています。
クエン酸⽔溶液を⽤いた液-液相分離を利⽤した新⼿法により、無機ナノ粒⼦を⽤いた中空ナノカプセルを簡便に作製する新技術を開発した。⽔溶性物質(薬剤)を2,000 倍に濃縮して内包でき、外部刺激に応じた薬剤放出が可能な副作⽤の少ない薬剤送達技術への応⽤が期待される。
【背景】
近年、薬剤を標的とする部位に選択的に送達し、副作⽤を抑えた治療を実現するドラッグデリバリーシステム(DDS)への期待が⾼まっています。中でも、ナノサイズの中空カプセルは薬剤の内包に適しており、次世代DDS の有⼒な運搬体(キャリア)とされています。従来はリポソームや⾼分⼦材料などの有機物を⽤いたキャリアが主流でしたが、⽣体透過性の⾼い⾚外光や磁場といった外部刺激に対する応答性が乏しく、薬剤放出の空間的・時間的な制御に限界がありました。そのため、⾼い刺激応答性を有するナノ粒⼦を構成要素としたナノ粒⼦カプセルが期待されていました。しかしながら、薬剤送達キャリアに適した⼤きさ(100 nm 程度)の安定なカプセルの構築や薬剤内包の⾼効率化に課題がありました。
【研究手法】
本研究では、⽔と混和する有機溶媒とクエン酸⽔溶液から成る液‒液相分離系を利⽤し、その界⾯に無機ナノ粒⼦を集積させることで、中空カプセル構造体を形成する⼿法を確⽴しました(図1)。構成粒⼦には、光応答性を有する⾦ナノ粒⼦や、磁気応答性を持つ酸化鉄ナノ粒⼦などの機能性無機ナノ粒⼦を使⽤しました。いずれも⽣体適合性の⾼い材料であり、粒⼦表⾯は⽣体親和性の⾼いオリゴエチレングリコール(OEG)で被覆して⽤いました。カプセル構造体の形成については、分光学的⼿法、動的光散乱法、電⼦顕微鏡観察により確認しました。さらに、クライオ電⼦顕微鏡トモグラフィー法*2 を⽤いて、溶液中のおける三次元構造の解析も⾏いました。
【研究成果】
クエン酸⽔溶液の微⼩液滴から⽔分⼦が外部溶媒へと抽出される現象を利⽤することで、ただ混ぜるだけで薬剤送達に適した直径100 nm の中空カプセルが、機能性ナノ粒⼦から簡便に形成できることを確認しました(図2)。またこの⼿法により、⽔分散性ナノ粒⼦や⽔溶性分⼦(例:DNA)を2,000倍以上に濃縮して内包することに成功しました(図3、4)。これは、極めて⾼効率な薬剤の内包が可能であることを意味し、ナノキャリアとしての性能向上に⼤きく貢献する成果です。さらに、カプセル形成過程はシンプルかつ再現性が⾼く、今後の量産化や応⽤展開に向けた有望な基盤となります。
加えて、有機溶媒中におけるクライオ電⼦顕微鏡観察はこれまでほとんど前例はなく、多様な材料系への応⽤可能性を含めた、新たな観察技術としても重要な知⾒といえます。
【今後への期待】
本研究成果は、光や磁気といった外部刺激によって薬剤の放出を⾃在に制御可能な、新しい無機ナノ粒⼦カプセル型DDS の開発に貢献するものです。今後、がん治療や感染症対策など、精密かつ低侵襲な治療法への応⽤が期待され、医療現場での新たな選択肢となる可能性を秘めています。
【謝辞】
本研究は、⽂部科学省科学研究費助成事業(JP23KJ0010、JP22K19929、JP24K01275、JP24K03258)、公益財団法⼈ 泉化学技術振興財団 研究助成(2019-J-023)、⽂部科学省「⼈と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、⽂部科学省助成⾦「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(JPMXP1223HK0051、JPMXP1224HK0048)、「創薬等先端技術⽀援基盤プラットフォーム」事業(JP24ama121006)、東北⼤学ソフトマテリアル研究センターの⽀援を受けて実施されました。
論文情報
- 論文名
- Versatile Nanoparticle Capsule Formation with Enhanced Encapsulation Efficiency via Solute-Induced Liquid-Liquid Phase Separation(溶質誘起液-液相分離を利⽤した⾼効率な物質内包能を有するナノ粒⼦カプセルの形成)
- 著者名
- ⾕地赳拓1、渡邊ほのか2、丹⽻瑠美3、海原⼤輔4、濱⼝ 祐4、与那嶺雄介1、⽶倉功治3,4,5、居城邦治1、三友秀之1,4(研究当時)(1北海道大学電子科学研究所、2北海道⼤学⼤学院⽣命科学院、3東北⼤学⼤学院⽣命科学研究科、4東北⼤学多元物質科学研究所、5理化学研究所放射光科学研究センター)
- 雑誌名
- Small(ナノ化学の専⾨誌)
- DOI
- 10.1002/smll.202502573
- 公表日
- 2025年5月7日(水)(オンライン公開)
お問い合わせ先
- 北海道大学電子科学研究所 准教授 三友秀之(みともひでゆき)
- TEL 011-706-9370
- FAX 011-706-9361
- メール mitomo[at]es.hokudai.ac.jp
- URL https://chem.es.hokudai.ac.jp/
配信元
- 北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
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- FAX 011-706-2092
- メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
- 東北⼤学多元物質科学研究所広報情報室(〒980-8577 仙台市⻘葉区⽚平⼆丁⽬1番1号)
- TEL 022-217-5198
- メール press.tagen[at]grp.tohoku.ac.jp
- 理化学研究所広報部報道担当(〒351-0198 埼⽟県和光市広沢2-1)
- TEL 050-3495-0247
- メール ex-press[at]ml.riken.jp
【参考図】
【用語解説】
*1 液-液相分離 … 2 種類の液体が分かれて層を作る現象のこと。
*2 クライオ電⼦顕微鏡トモグラフィー法 … ナノ構造体を極低温下で凍結固定し、そのままの状態で電⼦顕微鏡によって観察する⼿法のこと。