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研究内容

安全かつ簡便に作れる高性能薄膜トランジスタ —水素ガス不要で、電界効果移動度は従来比10倍—

掲載日:
薄膜機能材料研究分野

ポイント

  • 水酸化インジウムを原料とすることで、薄膜中に安全かつ簡便に水素を導入。
  • 危険な水素ガスや複雑な圧力制御工程を不要にし、従来法と同等性能を実現。
  • 電界効果移動度約90 cm2/V·sを達成し、次世代ディスプレイ開発を加速。

概要

北海道大学大学院情報科学院修士課程の定平 光氏、同大学電子科学研究所の太田 裕道教授、曲 勇作助教(研究当時)、同大学大学院工学研究院の三浦 章教授らの研究グループは、危険な水素ガスや複雑な圧力制御を用いずに、電界効果移動度約90cm2/V·sの高性能薄膜トランジスタの開発に成功しました。

水素添加酸化インジウムを活性層とする薄膜トランジスタは、現在主流の酸化インジウム・ガリウム・亜鉛(IGZO)薄膜トランジスタの約10倍の電界効果移動度を示すことから次世代ディスプレイ用素子として注目されています。しかし、水素は酸素と混合すると爆発の危険があるため、従来の水素ガスを用いた製造法には安全性の課題がありました。研究グループは2024年8月、水素ガスを使わずに高性能薄膜トランジスタを実現しましたが、その際には薄膜作製容器内の圧力を制御する複雑な工程が必要でした。

本研究では、水酸化インジウムを原料とし、薄膜中に安全かつ簡便に水素を導入する新たな手法を開発しました。その結果、複雑な圧力操作を必要とせず、高性能薄膜トランジスタの作製に成功しました。本成果は、次世代ディスプレイ用薄膜トランジスタの開発を大きく加速させるものです。

なお、本研究成果は、2025年8月3日(日)にACS Applied Electronic Materials誌に掲載されました。

水酸化インジウムを原料とすることで、安全かつ簡便に、電界効果移動度90cm2/V·sの水素添加酸化インジウム薄膜トランジスタを実現した。

【背景】

近年、次世代ディスプレイ用薄膜トランジスタとして、水素を添加した酸化インジウム薄膜を活性層とする高性能素子が注目されています。水素添加酸化インジウム薄膜トランジスタは、現在のディスプレイに使用されている酸化インジウム・ガリウム・亜鉛(IGZO)を活性層とする薄膜トランジスタの約10倍の電界効果移動度を示します。しかし、水素は酸素と混合すると爆発の危険があるため、従来の水素ガスを用いた製造法には安全性の課題がありました。研究グループは2024年8月に、水素ガスを使わずに高性能薄膜トランジスタを実現しましたが(関連プレスリリース①)、その際には薄膜作製容器内の圧力を精密に制御する複雑な工程が必要でした。

【研究手法】

本研究では、酸化インジウム薄膜の原料として水素を含む「水酸化インジウム」を用いました(図1)。水酸化インジウム粉末を圧縮してタブレット状に成形し、真空容器内で紫外線レーザーを照射して蒸発させ、薄膜トランジスタ用の基板上に成膜しました(図2)。この際、従来必要だった複雑な圧力制御は行っていません。

【研究成果】

その結果、水素ガスを用いる方法や複雑な圧力制御を伴う方法と同等の性能を有する薄膜トランジスタの作製に成功しました(図3)。得られた酸化インジウム薄膜中の水素量は、これら従来法で得られる膜と同等であり、電界効果移動度は約90cm2/V·sを示しました。

【今後への期待】

本成果は、次世代ディスプレイ用薄膜トランジスタの安全かつ簡便な製造法の確立に大きく貢献するものであり、特許出願済です(「水素化酸化インジウム膜形成用のセラミックターゲットとその製造方法、およびセラミックターゲットを用いた薄膜トランジスタの製造方法」、特願2024-150613、2024年9月2日出願)。今後は、さらなるデバイス性能の向上と量産化プロセスの検討を進める予定です。

【謝辞】

本研究は、JSPS科研費 JP22K14303、JP22H00253、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ JPMXP1223HK0082、JST SPRING JPMJSP2119 の助成を受けて実施しました。

【関連するプレスリリース】

北海道大学・高知工科大学共同プレスリリース「従来比10倍の性能を示す酸化物薄膜トランジスタを実現 —次世代の超大型有機ELテレビ開発に必要不可欠なデバイス—」

発表日:2024年8月7日(水)

URL:https://www.hokudai.ac.jp/news/2024/08/10-14.html

論文情報

論文名
Indium Hydroxide Ceramic Targets: A Breakthrough in High-Mobility Thin-Film Transistor Technology(水酸化インジウムセラミックターゲット:高移動度薄膜トランジスタ技術のブレークスルー)
著者名
定平 光1、ゲディア・プラシャント2、コン・ヒョンジュン1、三浦 章3、松尾保孝2、太田裕道2、曲 勇作2(研究当時)(1北海道大学大学院情報科学院、2北海道大学電子科学研究所、3北海道大学大学院工学研究院)
雑誌名
ACS Applied Electronic Materials(米国・化学協会の材料科学の専門誌)
DOI
10.1021/acsaelm.5c00829
公表日
2025年8月3日(日)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)
TEL 011-706-9428
FAX 011-706-9428
メール hiromichi.ohta[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1.本研究で用いた水酸化インジウムターゲットの写真。直径約2cm。
図2.水酸化インジウムを原料とする水素添加酸化インジウム薄膜の作製方法。薄膜作製容器にセットした水酸化インジウムターゲットに集光した紫外レーザーを照射することで水酸化インジウムを蒸発させ、対向位置にセットした基板上に成膜する。水素ガスと酸素ガスを混合導入する方法や複雑な圧力調整を行って空気中の水分を導入する方法と比較して、安全かつ簡便な成膜プロセスである。
図3.作製した薄膜トランジスタの(a)構造模式図と(b)伝達特性。電界効果移動度は90cm2/V·sである。
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