ポイント
- 細胞内の微量なmicroRNA(miRNA)の分布や局所濃度を可視化し、簡便に定量できる技術を開発。
- 独自の「二足歩行型DNAウォーカー」設計で、細胞環境の影響を補正し、高精度な検出を実現。
- miRNAは疾病に関連する重要なバイオマーカーで、診断や治療に応用可能。
概要
北海道大学電子科学研究所の三友秀之准教授、居城邦治教授、同大学大学院生命科学院博士後期課程の卫 文婷氏らの研究グループは、細胞内のmicroRNA(miRNA)*1濃度を簡便かつ正確に定量する新技術を開発しました。
がんや感染症をはじめとする多くの疾病は、細胞内miRNAの量の変化と密接に関係しており、miRNAは有力な疾患バイオマーカー*2として注目されています。そのため、生きた細胞内でmiRNAを正確に定量する技術の開発は、診断や新しい治療法の開発に直結する重要な課題とされてきました。
本研究では、ナノスケールのDNAマシンを応用し、「二足歩行型DNAウォーカー*3」を基盤とした検出システムを構築しました。このDNAナノマシンは、複雑な抽出や前処理を必要とせず、生きた細胞をそのまま観察できる簡便さを有しています。さらに、このセンサーは二本の「脚」を持ち、一方が検出シグナルを、もう一方が内部基準シグナル*4を同時に出す仕組みを備えています。これにより、細胞内の局所環境(イオン濃度など)の違いによって生じる誤差をその場で補正し、従来法では困難であった高精度な定量測定を可能にしました。共焦点蛍光イメージングを用いることで、生きたままの細胞内部におけるmiRNAの分布を可視化することにも成功しました。
本成果は、がん診断や個別化医療*5、創薬研究の発展に大きく貢献することが期待されます。なお、本研究成果は、2025年10月21日(火)公開のAnalytical Chemistry誌に掲載されました。また、今回の研究成果が高く評価され、本研究が掲載誌の表紙に選出されました。

【背景】
近年、microRNA(miRNA)は、がんをはじめとする多くの疾病に深く関わる分子として注目されています。miRNAは細胞内で遺伝子の働きを調節する役割を担っており、その量の変化ががんの発症や進行、さらには転移とも関係していることが知られています。そのため、miRNAは新しい疾患マーカーとして、診断や治療のターゲットに期待されています。しかし、miRNAは細胞内にごく微量しか存在せず、従来の検出法(qPCR、FISH、マイクロアレイなど)では、細胞を破壊したり固定したりしなければ測定できませんでした。このため、生きた細胞の中の夾雑な環境においてもmiRNAを正確に定量することは大きな課題となっていました。さらに、細胞内部は一様ではなく、部位によってイオン濃度やpHといった環境が異なります。こうしたばらつきが、従来のシグナル増幅型の検出法に影響を与え、測定精度を低下させる要因となっていました。
本研究は、これらの課題を克服し、生きた細胞内におけるmiRNAを簡便かつ高精度に定量できる新しい方法の確立を目的として行われました。
【研究手法と成果】
本研究では、金ナノ粒子を足場として、ナノスケールのDNA構造体を用いた「二足歩行型DNAウォーカー」を設計し、細胞内のmiRNAを検出するセンサーとして応用しました。DNAウォーカーは、二本の「脚」を交互に動かしながら表面上を進むナノマシンです。今回開発したセンサーでは、一方の脚が標的miRNAと結合して蛍光シグナルを発生させ、もう一方の脚が同時に「内部基準」となるシグナルを生成する仕組みを備えています(図1)。この設計により、シグナルの強弱に影響する実験条件や細胞内環境のばらつきをその場で補正できる設計とし、in vitro 実験で有効性を確認しました(図2)。さらに、DNAはそのままでは細胞内に入りにくいため、内部標準シグナルを生成する脚を解放するキーとなるDNAには、ガン細胞表面に多く発現する膜タンパク質を認識するアプタマー*7配列も附与しました。これにより、本センサーはガン細胞の内部に積極的に取り込まれるようになりました。細胞内のmiRNA-21濃度は、共焦点蛍光イメージングを用いて測定しました(図3A)。各ピクセルにおける蛍光強度比からmiRNA濃度を換算し、その平均値を細胞全体の濃度として算出しました(図3B)。これにより、細胞ごとのmiRNA発現量の違いだけでなく、同じ細胞内における部位ごとの分布の違いも明らかにすることに成功しました。こうした空間的な不均一性は、miRNAが細胞内でどのように機能するかを理解するうえで重要な手がかりを提供します。
【今後への期待】
本研究で確立した手法は、細胞内miRNAをはじめとする微量な核酸分子を、生きたままの状態で簡便かつ正確に定量できるプラットフォームとして発展が期待されます。今後、がんの早期診断、個別化医療、創薬研究などへの応用が見込まれ、生命科学や医療分野の進展に大きく寄与することが期待されます。
【謝辞】
本研究は、⽂部科学省科学研究費助成事業(JP21H01736、JP24K01275、JP24K03258)、中国国家留学基金委員会(CSC: no. 202108330034)、⽂部科学省「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、日本学術振興会 研究拠点形成事業(先端拠点形成型)(JSPS Core-to-Core Program for Advanced Research Networks)の⽀援を受けて実施されました。
論文情報
- 論文名
- Highly Sensitive and Quantitative Detection of microRNA-21 in Cells Using Bipedal DNA Walker-Based Ratiometric Fluorescent Sensor(二足歩行型DNAウォーカー比率蛍光センサーによる細胞内microRNA-21の高感度・定量検出)
- 著者名
- Wei Wenting1、Lin Han2、居城邦治2、三友秀之2(1北海道大学大学院生命科学院、2北海道大学電子科学研究所)
- 雑誌名
- Analytical Chemistry(分析化学の専門誌)
- DOI
- 10.1021/acs.analchem.5c04705
- 公表日
- 日本時間2025年10月21日(火)(オンライン公開)
お問い合わせ先
- 北海道大学電子科学研究所 准教授 三友秀之(みともひでゆき)
- TEL 011-706-9370
- FAX 011-706-9361
- メール mitomo[at]es.hokudai.ac.jp
- URL https://chem.es.hokudai.ac.jp
配信元
- 北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
- TEL 011-706-2610
- FAX 011-706-2092
- メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
【参考図】

(DNAウォーカーがmiR-21とASの存在下で2色の蛍光色素を放出していく様子)

- (A)10個の独立したサンプルを測定した際の蛍光強度比のばらつき
- (B)異なるMg2+濃度条件におけるmiR-21の濃度と蛍光強度比の相関関係

- (A)共焦点レーザー顕微鏡*8による観察像
- (B)各ピクセルにおける蛍光強度比をベースとしたmiR-21濃度のヒストグラム
【用語解説】
*1 microRNA(miRNA) … 遺伝子の働きを調節するごく短いRNA分子。長さは20塩基前後と非常に小さく、細胞内での量の変化ががんなどの疾病と深く関わっている。
*2 疾患バイオマーカー … 病気の有無や進行度を判断する手がかりとなる分子や物質。
*3 DNAウォーカー … DNA分子を組み合わせて作られたナノサイズの「分子マシン」。基板上でDNAと結合、分解を繰り返しながら動く仕組みを持つ。
*4 内部基準シグナル … 実験条件の違いや環境のばらつきを補正するための「比較用の信号」。これを同時に測定することで、誤差を減らして正確に定量できる。
*5 個別化医療 … 患者ごとの遺伝子情報や分子マーカーに基づき、最適な治療法を選択する医療アプローチ。
*6 金ナノ粒子 … 数十ナノメートルサイズの金の微粒子。光学的に特徴的な性質を持ち、バイオセンサーや医療診断に広く利用される。
*7 アプタマー … 特定の分子やタンパク質に結合するように人工的に設計された短いDNAやRNA配列。抗体のような役割を果たし、分子認識に利用される。
*8 共焦点レーザー顕微鏡(共焦点蛍光イメージング) … レーザー光を用いて細胞内を高解像度で観察できる顕微鏡。蛍光分子の位置や量を三次元的に可視化できる。










