
ポイント
- 殻をかぶったアメーバ「ナベカムリ」が行う複数仮足を用いた移動の統計的特徴づけに成功。
- ナベカムリの運動方向は細胞が基盤に伝える応力場によって決まっていることを解明。
- 仮足を利用する細胞行動の多様性理解に貢献し、細胞の持つ環境適応機構の解明に期待。
概要
北海道大学大学院電子科学研究所の西上幸範准教授、中垣俊之教授、谷口篤史博士研究員、北海道大学大学院生命科学院博士後期課程(研究当時)の松本絃汰氏らの研究グループは、山形大学理学部の野村真未助教、法政大学自然科学センター・国際文化学部の島野智之教授、リヨン第1大学のリウ ジャンーポール教授、富山大学の佐藤勝彦特命教授らとともに、殻を背負って生活するアメーバ「ナベカムリ」*1のアメーバ運動を力学的側面から詳細に調べました。ナベカムリは細胞体がキチン質の殻に囲まれていますが、その殻の底面に開いた一つの孔から複数の仮足*2を伸ばし、殻を引っ張りながら移動します。この移動様式は多くの接着性細胞が行う一般的なアメーバ運動とは異なり、これまで十分に理解されていませんでした。
研究グループは、基盤の弾性率を変えた際のナベカムリの運動変化を統計的に特徴づけることに加え、細胞が基盤に加える牽引応力場*3と運動方向の関係を明らかにしました。
本研究成果は、タコのように複数の仮足を用いて移動する有殻アメーバの移動機構を明らかにしたもので、細胞の見せる多様で巧みな仮足動態を明らかにすることに加え、細胞が環境に適応する仕組みの理解に役立ちます。
なお、本研究成果は、2025年11月19日(水)にProceedings of the Japan Academy, Series B誌に早期オンライン公開されました。

【背景】
アメーバ運動は様々な細胞に共通する基本的な運動様式で、創傷治癒や免疫応答など多くの生命現象に関与します。一般に、アメーバ運動において仮足先端部分での骨格タンパク質アクチンの重合や細胞表層でのアクトミオシンの収縮とそれに伴う細胞内の静水圧の上昇によって細胞は仮足を形成し、この際、基盤へ接着し力を加えることで移動すると考えられています。しかし、殻を持つアメーバ「ナベカムリ」はタコのように複数の仮足を巧みに用いて自身の細胞体が入っている殻を引っ張るという独特な移動を行う(図1)ため、よく研究されているアメーバ運動とは異なる運動であると考えられます。そこで、本研究では、この特殊な移動の統計的特徴を明らかにすることに加え、力学的にこの運動機構を明らかにすることを目標としました。
【研究手法】
いくつかの弾性率の異なる基盤上でのナベカムリの運動を顕微撮影し、画像解析を行うことで仮足の長さや角度、細胞の重心変化、移動速度や移動方向を測定しました。さらにそれらの値から平均二乗変位*4や速度自己相関*5関数などを調べることで統計的にナベカムリの運動を特徴づけました。次に、移動しているナベカムリの下にあるゲル基盤に蛍光ビーズを埋め込み、その変形からナベカムリが基盤に加えた牽引応力場を推定しました。得られた牽引応力場を多極子モーメントに展開し、移動方向との相関を解析しました。
【研究成果】
ガラスや硬いゲル上でナベカムリはほぼ直進し、柔らかいゲル上では速度が上昇する移動期と停滞する休止期が交互に現れました。仮足の伸長方向は硬い基盤上では進行方向に揃いましたが、柔らかいゲル上では様々な方向に伸びる傾向がありました。牽引応力測定の結果、仮足から基盤への応力は常に細胞の中心に向かう方向に働き、特に細胞の前後で大きくなっていることが分かりました。応力の双極子モーメント*6は細胞の移動軸を決めることが分かりました。四極子モーメント*7の解析から、前進時には後方側で中心へ向かう応力が増大し、側方移動時には側方の応力成分が特徴的に変化することが分かりました(図2)。これらの結果は、ナベカムリが殻と複数の仮足を用いて独特な力学的バランスをとりながら移動していることを示します。
【今後への期待】
本研究ではナベカムリのアメーバ運動の特徴を記述し、その運動機構を力学的観点から解明することで、アメーバ運動を含む細胞の巧みな仮足制御機構の一端を明らかにしました。一般に私たちヒトの細胞も多様な仮足様構造を形成しこれらを用いて環境に応じた適切な応答を行います。本研究成果はこのような仮足使いの多様性を明らかにすることで、細胞が持つ環境応答機構の理解に貢献しました。今後、私たちヒトを含む多細胞生物内の細胞や他の原生生物の細胞運動と比較することで、仮足を用いた細胞運動の普遍性と特異性を探ることが期待されます。
【謝辞】
本研究は、北海道大学の共同利用設備(グローバルファシリティセンター、ニコンイメージングセンター)で実施され、折原 宏名誉教授及び岸田 治教授に試料提供と助言をいただきました。本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP24K09388、JP21H05308、JP21H05310、JP21H05303、JP23H04300)、JSPS Core‑to‑Core Program、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2119)、北海道大学若手研究者育成事業、旭硝子財団の支援を受けました。
論文情報
- 論文名
- Statistical and mechanical analysis of multi-pseudopodial locomotion in a testate amoeba, Arcella sp.(有殻アメーバ“ナベカムリ”の多仮足を用いた移動の統計・力学的解析)
- 著者名
- 松本絃汰1(研究当時)、谷口篤史2、野村真未3、島野智之4、Jean Paul Rieu5、佐藤勝彦6、中垣俊之2、西上幸範2(1北海道大学大学院生命科学院、2北海道大学電子科学研究所、3山形大学理学部、4法政大学自然科学センター、5リヨン第1大学、6富山大学学術研究部理学系)
- 雑誌名
- Proceedings of the Japan Academy, Series B(数学を除く自然科学全分野を対象とした英文学術誌)
- DOI
- 10.2183/pjab.102.001
- 公表日
- 2025年11月19日(水)(早期オンライン公開)
お問い合わせ先
- 北海道大学電子科学研究所 准教授 西上幸範(にしがみゆきのり)
- TEL 011-706-9443
- メール nishigami[at]es.hokudai.ac.jp
- URL https://pel.es.hokudai.ac.jp/
配信元
- 北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
- TEL 011-706-2610
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- 富山大学総務部総務課広報・基金室(〒930-8555 富山市五福3190)
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- FAX 076-445-6063
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- TEL 03-3264-9240
- FAX 03-3264-9639
- メール pr[at]adm.hosei.ac.jp
【参考図】


【用語解説】
*1 ナベカムリ … アメーボゾアに属する単細胞生物でドーム状の殻を持ち、中央の開口部から何本かの指のような仮足を外部に伸ばして移動・捕食を行う。淡水域や湿原、苔の上など幅広い場所に生息し、殻が捕食者や乾燥から身を守ると考えられている。
*2 仮足 … アメーバや白血球などが細胞形状を変形して形成する一時的な突起で移動や餌の取り込みに利用する。細胞骨格タンパク質アクチンの重合や細胞表層部でのアクトミオシンの収縮によって形成され、細胞の移動方向へ伸びることが多い。
*3 牽引応力場 … 細胞が接着している基盤の各位置に加える単位面積当たりの力の分布を指す。
*4 平均二乗変位 … ある時間における変位の2乗の平均の値であり、着目した細胞が一定時間内にどれだけ位置を変えるかを表した統計量で、運動の拡散性や直進性を評価するのに用いられる。
*5 速度自己相関 … ある時刻の速度と別の時刻の速度との類似度を時間遅れの関数として表したもの。
*6 双極子モーメント … 細胞が基盤に与える牽引応力場を位置ベクトルで重み付けして面積にわたって積分した量で、応力の強さと向きの基本的な尺度。
*7 四極子モーメント … 牽引応力場の第二次モーメントで、前後あるいは左右の非対称性を表す指標。










