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細胞運動・機能を操作するナノ・マイクロメカニカルシステムの構築

掲載日:
講演会
講師 木戸秋 悟 教授(九州大学先導物質化学研究所)
日時 平成25年3月11日(月)16:00–17:00
場所 北海道大学電子科学研究所 セミナー室1-3
演題 細胞運動・機能を操作するナノ・マイクロメカニカルシステムの構築
講演要旨
  1. 研究のねらい

    細胞はそれらが生着する組織環境の生物学的、化学的、機械的条件に依存した接着伸展形態の動的応答性、すなわち運動性を示す。細胞運動は生体組織における様々な生理学的・病理学的過程に重要な役割を有しており、そのメカニズムの理解と制御技術の確立は、細胞分子生物学における学術的基礎からバイオテクノロジー・生体材料設計等の医用工学分野への応用展開も含む重要課題の一つである。従来、細胞運動の制御には、液性因子濃度勾配により誘導されるケモタクシスや、表面固定化接着因子等の密度勾配への応答性であるハプトタクシスなど指向性運動特性が活用されてきている。これに対し、私は独自に細胞接着性ゲルの表面弾性率分布のマイクロパターニング技術を開発し、細胞の硬領域指向性運動として知られるメカノタクシスの制御条件を世界に先駆けて確立してきた1)。本課題ではその成果に基づき、細胞運動を自在に制御する微視的材料力学場(ナノ・マイクロメカニカルシステム)の系統的設計およびメカニズム研究とともに、これを利用した新規の細胞機能操作材料の開発を行う。

  2. 研究成果
    1. 非対称弾性勾配ゲルによる細胞運動の整流化
      図1. a) PSL を導入した鋸型非対称弾性勾配パターニングゲルの位相差顕微鏡像および単位パターンの弾性率分布. b) 3T3 線維芽細胞の24 時間培養時における移動軌跡

      メカノタクシスの誘導条件の本質は、細胞一体の接着面内で弾性率が急峻かつ不連続的に増加する弾性境界の導入にある1)。このことはメカノタクシスが弾性境界においてのみ局所的に誘導される走行性であることを意味し、材料表面上での長距離にわたる細胞運動制御への応用の際には多数の弾性境界の機能的配置設計が必要となる。この課題に対して本項目では、鋸型の非対称弾性勾配を連続的に有するマイクロパターニングゲルを設計し、細胞運動の整流化の誘導について検討を行った。光硬化性スチレン化ゼラチンゲル表面の弾性率分布を光リソグラフィー的にパターニングし、細胞運動の長距離整流化を可能とする非対称弾性勾配場の条件探索を行ったところ、約10kaの低弾性率領域と約60kPaの高弾性率領域間を約30μm幅で急峻に上昇し、約60μm幅で緩慢に減衰する非対称な弾性率分布が90μmおきに繰り返された非対称弾性勾配ゲルに、約5kPaの交差軟領域PSLを導入出来した系が最もよく整流化を誘導することがわかった(図1)。細胞培養基材表面に非対称弾性勾配分布を設計することにより、細胞運動の長距離整流化が可能となることが示唆された。

    2. 弾性勾配ゲル界面における細胞接着牽引力分布の局所ダイナミクス解析
      図2. 弾性境界近傍で運動する3T3 線維芽細胞の接着牽引力ダイナミクス

      メカノタクシスを誘導する弾性境界条件を確立した上で、メカノタクシスのメカニズムの検討を行った。接着系細胞のアメーバ様運動における運動方向の決定は一般に,一体の細胞内に前進方向と後退方向の極性が形成されることに始まる。弾性境界近傍で運動する細胞の前進・後退領域の極性決定に関与するメカニカルな要因として,細胞接着班のサイズと分布,および収縮性細胞骨格から接着班に伝達され基材へと負荷される接着牽引力の分布のダイナミクスに着目した。メカノタクシスが起こる際の接着牽引力の挙動を牽引力顕微解析法2)により調べたところ,運動極性の決定に基材弾性率に依存した牽引力の経時的変化が強く関与している様子が可視化された(図2)。すなわち,軟領域に侵入した細胞の一部領域においては牽引力の顕著な低下(図2-⑤⑥)が,硬領域に侵入した細胞領域ではその顕著な増大(図2-⑦⑧)がそれぞれ引き起こされ,特に牽引力の減少した領域の接着は不安定となり,硬領域での接着よりも速く仮足の退縮が誘起される。その結果,硬領域への細胞体全体のシフトが起こることにより,メカノタクシス挙動が発現するという機構が示唆された。

    3. 微視的培養力学場設計に基づく幹細胞分化フラストレーションの誘導
      図3.10kPaおよび40kPaの弾性率を有する50m幅の交互パターン上で7日間培養後のMSCに対する各種分化マーカー発現の評価.神経、筋、骨原系統へのいずれの分化も抑制されている(最下段)

      幹細胞フラストレーション仮説とは、硬・軟領域を微細パターン化したゲル上で間葉系幹細胞MSC に硬軟領域間の非定住培養を行った場合、特定の系統への分化誘導が抑制されてその未分化状態が維持される可能性について、私が独自に提唱している理論である。MSC は培養床の弾性率に依存して異なる細胞種へ分化することが知られており、もし硬・軟領域のいずれかに一定時間以上定住すると特定の系統への分化方向の決定が起こるが3)、硬・軟領域をランダムあるいは周期的に経験させるとMSC の系統決定がブロックされるものと予想される。この仮説を検証するため、50μm幅の硬軟ストライプパターン(硬領域:50kPa, 軟領域:5kPa)を作製し、この上でのMSCの運動を一週間にわたり調べたところ、およそ2〜3時間程の周期の硬軟領域間の非定住運動が誘導されることを確認できた。その後、MSCの幹細胞性を評価したところ、各種幹細胞マーカーの正常な発現および神経・筋・骨分化マーカーの明確な発現抑制が見られ、通常のプラスチックシャーレ上での培養に比べ、より良質の未分化状態を維持していることが明らかとなった(図3)

  3. 参考文献
    1. T.Kawano and S.Kidoaki, Biomaterials 32(2011)2725-2733.
    2. S.Munevar, Y-L.Wang, and M.Dembo, Biophys.J. 80(2001)1744-1757.
    3. A.J.Engler, S.Sen, H.L.Sweeney, and D.E.Discher, Cell 126(2006)677-689
主催 電子研学術交流委員会
連絡先 小松崎民樹(内線9434) tamiki@es.hokudai.ac.jp
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