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「化学反応 外部エネで変化」(物質・デバイス領域共同研究拠点事業の研究成果)(2015年9月30日付 日経産業新聞)(小松崎教授)

掲載日:
新聞掲載

附属社会創造数学研究センターの寺本 央助教,小松崎民樹教授らは,奈良女子大学研究院自然科学系物理領域の戸田幹人准教授,東北大学大学院理学研究科化学専攻の河野裕彦教授,及び東北大学多元物質科学研究所の高橋正彦教授と共同で,全エネルギーが高くなると化学反応の行き先(反応の経路)を変換する切り替えスイッチが広範囲に出現する新奇現象を発見し、そのスイッチング機構を解明しました。

(背景)

原子・分子の化学反応はそれらの相互作用が作り出すポテンシャル地形上のある”麓(ふもと)”から出発して,”峠”を越えて別の”麓”へ至る運動として捉えることができます(図参照)。スケールこそ異なりますが,宇宙の中での惑星の動きも,粒子の動きとして同様に考えることができます。近年,宇宙船と惑星の間に働く重力相互作用を利用して,ちょうどハングライダーが風を利用して飛ぶように,搭載燃料をほとんど要しないで重力など自然の力を受けて必ず通る経路が存在していることが判明し,アメリカNASAはその経路を利用して宇宙船の航路を設計するようになりました。これはカオス理論と呼ばれる数学から導き出されたものです。この理論は,ミクロな化学反応にも当てはまり,多くの化学反応に,すべての反応する分子たちが必ず辿る反応の経路が存在することが分かってきました。本研究ではその反応の経路がエネルギーを上げるとともに切り替わりうるということを見出しました。高校の化学の教科書でも学ぶアレニウスの式*(1884年)から現在に到るまで,化学反応の理論はエネルギーや温度を上げることでどれくらいより速く反応が進むかということを見積もることはできましたが,反応そのものの経路が切り替わるという現象はこれまで発見されていませんでした。

(研究手法)

本研究ではカオス理論*を用い,エネルギーとともに反応の経路が切り替わる詳細なメカニズムを理論的に提示しました。そのメカニズムを検証するためには,精度の高い実験的な検証ができることが望ましく,この理論を原子・分子反応のなかで最も単純かつ国内外の多くの研究者らによく調べられている,一様な電場と磁場を直交させた状況下で水素原子から電子が解離する反応に適用しました。

(研究成果)

反応の経路とは電子が陽子から離れていく道筋に対応します。従来知られていた反応の経路は電場方向に沿って電子が離れていく経路のみでした。今回,電子のエネルギーを上げていくと,ポテンシャル地形の峠付近で広範囲に新たな経路が出現して,元の経路と切り替わることを明らかにしました(この新しく現れる経路は電子が陽子から離れていく道筋がおおよそ磁場方向に対応します)。すなわち,電子のエネルギーを上げていくことで,電子が陽子から離れていく方向を自在に制御できることになります。また,この反 応の経路の切り替え現象は解離する電子の運動量分布のエネルギー依存性を検出することで実験的に検証できることも提案しました。

(今後への期待)

この,反応の経路の切り替え現象は,まだ実験的に検証はされていませんが,本研究ではこの現象が正しいかどうかを検証するための実験的方法を提案しており,実験的に測定することができれば,このカオス理論の帰結の是非を検証することができます。反応の経路が切り替わる現象自体は,一般的に成り立つ普遍的なものであるため,さらにアルゴリズムを改良することで,より複雑な化学反応の経路の切り替えを予測し,新たな反応制御の手法が可能となることが期待されています。

本研究成果の一部は、JSPS科学研究費基盤研究(B)(一般)(課題番号 25287105)、基盤研究(B)(特設分野「遷移状態制御」)(課題番号 15KT0055)、北海道大学,東北大学,東京工業大学,大阪大学,九州大学の5附置研究所のネットワーク型による文部科学省「物質・デバイス領域共同研究拠点」などのサポートを受けて実施したものです。また、本成果は、科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に、2015年8月28日に公開されました。

研究論文名: Mechanism and experimental observability of global switching between reactive and nonreactive coordinates at high total energies(高エネルギー領域における反応座標と非反応座標のあいだの大域的なスイッチングのメカニズムと実験的な観測可能性)
著者: 寺本 央1, 戸田幹人2, 高橋正彦3, 河野裕彦4 , 小松崎民樹1 (1北海道大学電子科学研究所, 2奈良女子大学研究院自然科学系物理領域, 3東北大学多元物質科学研究所, 4東北大学大学院理学研究科)
公表雑誌: Physical Review Letters
公表日: 米国東部時間 2015年8月28日(金)(オンライン公開)


報道
日経産業新聞 2015年9月30日「化学反応 外部エネで変化」等

直交する一様電場,磁場中の水素原子からの電子の解離反応における反応の経路の切り替えスイッチの概念図。

切り替えスイッチは峠を走る線路とそれらをつなぐ転車台とのアナロジーを通して次のように理解できる。水素原子は黄色のマイナスで示す電子と白のプラスで示された陽子からなる。電子は図で示すような地形の上を運動し,電子のエネルギーを上げていくと図中央の転車台を越えて電場の方向に陽子から解離し,向こう側の麓に転げ落ちる。電子のエネルギーが峠と比べて大きくない場合には,電子は山側へ上るための十分なエネルギーを持たないため,この向こう側の麓に落ちる経路が陽子から電子が解離する際の経路となる。一方,本研究で明らかとなったことは,電子のエネルギーを上げていくと,これまで存在していなかった経路が現れ,その経路を繋ぐ転車台が峠付近に出現する。その結果,峠にある転車台が磁場方向に切り替わり,電子の解離方向が電場方向から磁場方向へと切り替わる,ということに相当する。

〔用語解説〕
*1 アレニウスの式:
アレニウス式とは,ファント・ホッフにより19世紀後半に導入され,アレニウスにより活性錯合体によるその分子論的解釈が与えられた,ある温度での化学反応の速度を予測するための式。活性錯合体とは,化学反応における反応物と生成物の中間に位置するどちらつかずの状態。アレニウス式は化学反応の速度を,活性錯合体のエネルギーである活性化エネルギー等の少数の物理量により簡便に見積もることを可能とする。
*2 カオス理論の定性的な説明:

カオス理論は19世紀のポワンカレの三つの天体の運動の解析にさかのぼる。二つの天体の運動に対してはケプラーの法則に従い天体の運動を予測することが可能。一方で,ポワンカレはそこにもう一つ天体が加わった三つの天体が,複雑な運動を呈することを明らかにした。カオス理論とはその運動の複雑さを定量化し,理解するための理論。カオス理論においては運動の複雑さに焦点が当てられることが多いが,一方で近年のカオス理論の進展により,複雑な運動の中にもある法則性をもって理解できる単純な秩序が潜んでいることが明らかにされ,そのような法則性を用いることで,惑星間を移動する宇宙船の燃料効率の良い航路を設計したり,原子・分子の化学反応の制御にも応用できるということが明らかになった。

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