附属社会創造数学研究センターの寺本 央助教,小松崎民樹教授らは,奈良女子大学研究院自然科学系物理領域の戸田幹人准教授,東北大学大学院理学研究科化学専攻の河野裕彦教授,及び東北大学多元物質科学研究所の高橋正彦教授と共同で,全エネルギーが高くなると化学反応の行き先(反応の経路)を変換する切り替えスイッチが広範囲に出現する新奇現象を発見し、そのスイッチング機構を解明しました。
- (背景)
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原子・分子の化学反応はそれらの相互作用が作り出すポテンシャル地形上のある”麓(ふもと)”から出発して,”峠”を越えて別の”麓”へ至る運動として捉えることができます(図参照)。スケールこそ異なりますが,宇宙の中での惑星の動きも,粒子の動きとして同様に考えることができます。近年,宇宙船と惑星の間に働く重力相互作用を利用して,ちょうどハングライダーが風を利用して飛ぶように,搭載燃料をほとんど要しないで重力など自然の力を受けて必ず通る経路が存在していることが判明し,アメリカNASAはその経路を利用して宇宙船の航路を設計するようになりました。これはカオス理論と呼ばれる数学から導き出されたものです。この理論は,ミクロな化学反応にも当てはまり,多くの化学反応に,すべての反応する分子たちが必ず辿る反応の経路が存在することが分かってきました。本研究ではその反応の経路がエネルギーを上げるとともに切り替わりうるということを見出しました。高校の化学の教科書でも学ぶアレニウスの式*(1884年)から現在に到るまで,化学反応の理論はエネルギーや温度を上げることでどれくらいより速く反応が進むかということを見積もることはできましたが,反応そのものの経路が切り替わるという現象はこれまで発見されていませんでした。
- (研究手法)
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本研究ではカオス理論*を用い,エネルギーとともに反応の経路が切り替わる詳細なメカニズムを理論的に提示しました。そのメカニズムを検証するためには,精度の高い実験的な検証ができることが望ましく,この理論を原子・分子反応のなかで最も単純かつ国内外の多くの研究者らによく調べられている,一様な電場と磁場を直交させた状況下で水素原子から電子が解離する反応に適用しました。
- (研究成果)
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反応の経路とは電子が陽子から離れていく道筋に対応します。従来知られていた反応の経路は電場方向に沿って電子が離れていく経路のみでした。今回,電子のエネルギーを上げていくと,ポテンシャル地形の峠付近で広範囲に新たな経路が出現して,元の経路と切り替わることを明らかにしました(この新しく現れる経路は電子が陽子から離れていく道筋がおおよそ磁場方向に対応します)。すなわち,電子のエネルギーを上げていくことで,電子が陽子から離れていく方向を自在に制御できることになります。また,この反 応の経路の切り替え現象は解離する電子の運動量分布のエネルギー依存性を検出することで実験的に検証できることも提案しました。
- (今後への期待)
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この,反応の経路の切り替え現象は,まだ実験的に検証はされていませんが,本研究ではこの現象が正しいかどうかを検証するための実験的方法を提案しており,実験的に測定することができれば,このカオス理論の帰結の是非を検証することができます。反応の経路が切り替わる現象自体は,一般的に成り立つ普遍的なものであるため,さらにアルゴリズムを改良することで,より複雑な化学反応の経路の切り替えを予測し,新たな反応制御の手法が可能となることが期待されています。
本研究成果の一部は、JSPS科学研究費基盤研究(B)(一般)(課題番号 25287105)、基盤研究(B)(特設分野「遷移状態制御」)(課題番号 15KT0055)、北海道大学,東北大学,東京工業大学,大阪大学,九州大学の5附置研究所のネットワーク型による文部科学省「物質・デバイス領域共同研究拠点」などのサポートを受けて実施したものです。また、本成果は、科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に、2015年8月28日に公開されました。
http://www.hokudai.ac.jp/news/150917_es_pr.pdf
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/09/press20150917-03.html
日経産業新聞 2015年9月30日「化学反応 外部エネで変化」等