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研究内容

古典理論の限界を超えた感度をもつ光学顕微鏡を実現!

掲載日:
光量子情報研究分野

北海道大学のページにも掲載されております。

2013-09-17-qip-01
北海道大学電子科学研究所の竹内繁樹 教授,小野貴史博士研究員らは,量子力学的にもつれあった光1)を用いて,世界で初めて,古典理論の限界を超えた感度をもつ「量子もつれ顕微鏡」を実現しました。

光学顕微鏡のなかでも,微分干渉顕微鏡2)は,対象物を染色等することなく,そのまま非侵襲で観察・計測する手段として,生物学や医学などで広く用いられています。その顕微鏡の深さ方向分解能や計測精度は,標準量子限界3)と呼ばれる,光の古典理論によって決まる信号雑音比で決まっていました。その限界の下では,より高い深さの分解能や計測精度を得るためには,より強い光を当てるしか方法がありません。しかし,強い光を照射すると,対象サンプルの損傷などの影響を与えるため,重大な問題となっていました。

私たちの研究グループは,量子力学的な相関を持った光子4)を用いる事で,標準量子限界を超えた位相測定が可能であるという原理検証実験に2007年に成功(Science)していました。そこで,このもつれ光子を微分干渉顕微鏡の照明光として利用することで,標準量子限界を突破することを発案しました。我々は,光量子コンピュータ5)の研究で培った,良質な量子もつれ光子対源などの技術を用い,「量子もつれ顕微鏡」を世界で初めて実現しました。その顕微鏡を用い,ガラス基盤の表面に,原子100個程度の厚みで浮き彫りされた「Q」という文字の観察を行った結果,通常の光を用いた観察(標準量子限界)に比べ,1.35倍の信号雑音比を達成しました。今後,より多数の光子のもつれ状態を実現することで,微分干渉顕微鏡の「感度」を,標準量子限界を大きく超えていくことが可能です。本研究の成果により,生体細胞などをより高い精度で観測することが可能になり,生物学,医学などをはじめ幅広い分野への応用が期待されます。

[1] T. Ono, R. Okamoto, S. Takeuchi, An entanglement-enhanced microscope. Nat. Commun. 4:2426 doi: 10.1038/ncomms3426 (2013)..

(a)量子もつれ光を用いた観察 (b)通常の光を用いた観察

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図.ガラス基盤の表面に,原子100 個程度の厚みで浮き彫りされた「Q」という文字の観察結果。(a)量子もつれ光を用いて取得した画像。同じ光量の,通常の光を用いて得た画像(b)と比較し,Q の字の輪郭がはっきりと確認できます。

【用語解説】

1)量子もつれ合い:
量子もつれあい(Quantum Entanglement)とは,2つの異なるシステム間で相関した状態が2つ以上あり,それらが(量子において複数の状態が同時に成立する)量子重ね合わせ状態にあることを言う。例えば今回の研究で用いた2光子もつれ合い状態とは,「干渉計の一方の経路(A)に2光子状態が存在し,他方の経路(B)には光子がない」という状態と,「干渉計の一方の経路(A)には光子がなく,他方の経路(B)に2光子状態が存在する」という,全く異なる2つの状態の量子重ね合わせ状態である。
2)微分干渉顕微鏡:
サンプルに照射した複数の光線の位相差を可視化する顕微鏡。サンプルを,非染色・無侵襲的に観察することができるため,生物細胞や,蛋白質結晶,ゲルなどの透明物質の観察によく用いられる。また,その位相差像から,内部の物質の密度情報なども得ることができる。
3)標準量子限界:
レーザー光などのいわゆる「古典光」を用いた場合,光位相の測定精度はその光に含まれる光子数(=光強度)n に対して1/√n が限界であり,これを「標準量子限界」と呼ぶ。これは,測定をn回行うと,その統計誤差が√n で与えられる事に対応している。この標準量子限界が存在するため,一般により精度を上げるには,入射光強度を増大させるか,測定時間を増やすしかなかった。しかし,一般にはその両者とも技術的な限界があり,それらにより決まる「標準量子限界」により得られる精度が制限されている。
4)光子:
光のエネルギーの最小単位で,素粒子の1つ。1ワットの光(可視光)は,毎秒約10の19乗個の光子から出来ている。
5)量子コンピュータ:
量子力学的な重ね合わせの原理を利用して,莫大な数の並列演算を実施する,まったく新しい原理に基づく計算機。因数分解など,既存のスーパーコンピュータでは時間がかかりすぎて全く解けない問題を解くことができるとして,注目されている。
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