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研究内容

ノイズを含むデータから分子の状態とそれらのネットワークを抽出する新しい手法の開発に成功

掲載日:
分子生命数理研究分野
北海道大学電子科学研究所(西井準治所長)分子生命数理研究分野の J. Nicholas Taylor特任助教、小松﨑民樹教授らの研究グループは、一分子実験で観測されるノイズを含む時系列データから実験誤差を定量化し、データの背後に存在する分子の状態とそれらが構成するエネルギー地形を抽出する新しい手法の開発に成功!

この方法論は、有限のサンプル数および計測に由来する実験誤差を定量化し、その誤差が許容する範囲内でできるだけ詳細な分子情報を読み取る。例えば(公平な)コイン投げを考えてみよう。投げる回数が無限であれば、ちょうど半分が表、もう半分が裏となるはずである。しかしながら、実際には無限にコインを投げ続けることはできない。コインを8回投げたとすると、表が5回、裏が3回かもしれない。さらに8回投げたら、今度は裏が5回、表が3回かもしれない。このように有限回しか観測できない状況下では、無限回、試行されたときに表、裏が出る(であろう)正確な割合は確定できない。これを有限サンプリングの誤差とよぶ。一方、コインがとても汚れていたとすると、公平なコインであっても、コインを投じた際に実際に表なのか、裏なのか、"光の当たり具合"などで、判定を見誤るかもしれない。このような観測上の不確実性が測定誤差に当たる。さらに、このような実験誤差は完璧には予測できない。

蛍光共鳴エネルギー移動と呼ばれる一分子計測では、分子が発する蛍光強度の経時変化を通して分子の動的な振舞いを検出する。汚れたコイン投げの実験と同様に、コインの「表」、「裏」が完全に識別できないといったような測定誤差をもち、有限サンプリングの誤差の影響を受ける。北大グループはリサンプリング手法と呼ばれる手法を用いることで、これらの誤差を評価し、その誤差存在下での確実さを定量化できることに着目した。そして、誤差が許す範囲で背後に存在する微視的な分子状態を抽出する新しい手法を開発した。分子状態とは、ちょうどコインの2つの状態「裏」「表」に相当するが、分子の場合は一般に2つ以上の状態を持ち、出現する確率は必ずしも等しいとは限らない。

この方法論では、観測されたデータから、分子状態の数、その出現確率、分子状態の安定性や行き来のしやすさを表すエネルギー地形、そして分子状態の間のネットワーク情報といった、背後の分子情報を誤差の範囲内で読み解くことができる。コイン投げに例えると、これらは、各々、コインのどの面がどれくらいの割合で現れるか(実際には、分子の場合は面(状態)が2つ以上存在するため、その状態の数を同定することも含意する)、コインの面が裏となるか表となるかを決定するうえでどのような(平均的な)力が働いているか、そして、表が出た後に、次も表になるか、逆に裏になるかの出る目の繋がり(ネットワーク)の情報に当たる。

北大グループは、この新しい手法を中枢神経系における情報の伝達を仲介するタンパク質として知られるAMPA受容体の一分子計測における時系列データに適用した。その結果、基質が結合するAMPA受容体のドメインが"閉じた構造"が安定であるほど、情報伝達を媒介するカルシウムイオンが細胞膜を横切って移動すると考えられていたが、安定性だけでなく、受容体-基質系がいくつの異なる分子状態を有しているか、また、それらの分子状態の間の行き来のしやすさがイオンの膜透過活性に大きく影響していることを明らかにすることに成功した。AMPA受容体は神経系のなかで最も豊富にあるタンパク質で、うつ病やてんかんといった疾患にも関係していることが知られている。AMPA受容体とイオンの膜透過活性の分子機序を理解することは、これらの疾患への医学応用にもつながり得るものと期待される。

この研究はChristy F. Landes准教授 (ライス大学化学科, Houston, TX, U.S.A.)と共同で行われ、Scientific Reports(Nature姉妹紙)、volume 5, pages 9174-9182 に2015年3月17日に掲載された。

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図1: AMPA受容体の基質結合ドメインの蛍光共鳴エネルギー移動一分子計測のデータから、有限サンプリング誤差および測定誤差を定量化し抽出された分子状態、それらが織りなすネットワークとエネルギーの地形。基質と結合した分子状態がどれくらい存在し、各々どれくらい安定で、異なる分子状態間を如何に移動するかを可視化することができる。

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