研究成果のポイント
- 地中のマントルに相当する超高圧下でプラチナの層状化に成功。
- 世界一高く積み上がったプラチナ層状構造を持つ金属超伝導体を発見。
- 超高圧合成が新規超伝導物質の合成に有望な手段であることを実証。
研究成果の概要
北海道大学電子科学研究所の藤岡正弥助教は,物質・材料研究機構の高野義彦グループリーダー,九州工業大学の石丸 学教授等と共同で,一つの単位胞1)に12枚ものプラチナ(Pt)層が積層した新規超伝導体を発見しました。これまで,Ptが主成分の物質は超伝導体になりにくいとされていましたが,ランタン(La)とヒ素(As)をPt:La:As=5:1:1の組成比になるように混合して,地球内部のマントルに相当する10万気圧で熱処理することで,2.6ケルビン(摂氏 −270.4度)で電気抵抗がゼロになる超伝導転移2)を確認しました。
1911年,極低温において水銀が超伝導体になることが発見されて以降,様々な超伝導物質が報告されてきました。しかしながら,Ptにおいては電気伝導に寄与する電子の大半がd軌道3)に存在して,お互いに強く相互作用するため,超伝導体には不向きだとされてきました。今回,合成に成功したLaPt5Asにおいても,伝導電子4)の8割以上がd軌道に存在しますが,それにも関わらず超伝導転移を示しました。その原因を詳しく調べた結果,幾重にも積み重なったPt層の間にLa,As原子が位置しており,結果として,Pt層同士の距離が広がっていることがわかりました。つまり,Ptのd軌道に存在する電子同士の相互作用が小さくなることで,超伝導が発現したと考えられます。この層状構造の高さは,これまでに知られている金属超伝導材料で最も高い6ナノメートルにもおよび,まるで高層ビルのような構造が,10万気圧という超高圧下で実現されました。これが本研究の最も興味深い点です。超高圧を利用して新物質の合成に成功した本研究成果は,今後の新規超伝導物質の探索を加速すると期待されます。
本研究成果は,2016年7月27日にアメリカ化学会のJournal of the American Chemical Society (JACS)のオンライン版に掲載予定です。
論文発表の概要
研究成果の概要
(背景)
超伝導物質は,ある温度以下に冷やすことで,その物質の電気抵抗が完全にゼロになり,大きな反磁性5)を示します。この状態は電気をどこまで運んでも一切熱を発生しないため,究極の省エネ材料として期待されています。1911年,水銀がこのような超伝導現象を示すことが発見されて以来,より高い温度で超伝導を実現するために,数多くの物質探索の努力が積み上げられてきました。しかしながら,長年繰り返されてきた既存の合成手法だけでは,新物質の発見がますます難しくなっています。このような中で,物質探索の領域を広げる一つのツールとして高圧合成が挙げられます。本研究では,6-8型マルチアンビルセルという巨大な加圧合成装置を利用することによって,地球内部のマントルに相当する超高圧下での物質合成に挑み,常圧では得ることのできない新超伝導物質LaPt5Asを発見しました。このような超高圧を利用した物質合成の研究には未開拓領域が多く残されており,知られざる構造を持った物質や,従来では考えられない物性を示す材料が無数に眠っていると期待されます。
(研究手法)
従来の材料探索の研究分野では,キュービック型の加圧合成装置が主流ですが,本研究では,より高い圧力を実現するために,地球内部を調べる研究分野で使われる6-8型マルチアンビルセルを利用しました。図1に示されるように,ピンク色の酸化マグネシウムの八面体の中に,電極,ヒーター,窒化ホウ素のカプセル,そして試料を組み立てて挿入します。それらをタングステンカーバイドでできた超硬材料で8方向から加圧することで,試料に高効率に圧力を集中させることができます。
(研究成果)
今回発見した新超伝導物質LaPt5Asは,図2に示すように10万気圧で合成することで,2.6ケルビン(摂氏 −270.4度)で大きな反磁性が確認され,超伝導状態へと転移しました。興味深いことに,4~5万気圧,あるいは15万気圧では,別の結晶構造に変化して超伝導状態への転移が消失しました。そのため,10万気圧で得られる結晶構造には,超伝導を誘起する重要なメカニズムが隠されていると考え,その構造を詳しく調べたところ,以下のことがわかりました。
図3a新超伝導物質LaPt5Asの電子顕微鏡の写真で,原子が規則的に並んでいることがわかります。構成元素の中で最も重たいPt原子が,特に強調されて白く映し出されており,実際に結晶構造からPt原子のみを抜き出した原子配列と極めてよく一致しています。図3bはLa,As原子も含めたLaPt5Asの結晶構造を示しています4つのPt原子が四面体を作っており,それらの角がつながることでPt層を形成していることがわかります。これが12層積み上げられて,一つの周期(単位胞)になります。その高さは6ナノメートルにもおよび,LaPt5Asが現在見つかっている物質の中で,世界一の高さを有する金属超伝導体であることがわかりました。また,La,As原子は2層ごとに積み重なったPt層の間に挿入されるため,その層間を広げています。一見複雑な構造に見えますが,単純に表すと図3cに示す12階建ての高層ビルに見立てることができます。Ptのみで構成された各フロアに電子が流れていて,それぞれの奇数階にはLaAsの柱が立っているため天井が高く設計されています。そのため,奇数階ではPtの電子が広々と存在できるのに対し,偶数階ではPtの電子が密集している状態です。
また,これまでの研究から,金属のPtのように伝導電子の大半がd軌道に存在すると,電子間の相互作用が大きくなり,超伝導の発現を妨げることがわかっています。同様に,LaPt5Asでは,8割以上の伝導電子がPtのd軌道に存在しており,超伝導には不向きな物質です。それにも関わらず,超伝導が発現する理由は,金属のPtのように小さな単位胞に電子が密集しているのではなく,LaAsの柱によって,Pt層の間隔が押し広げられ,d軌道に存在する電子の密集状態が緩和し,電子間の相互作用が小さくなったためであると考えられます。
(今後への期待)
本研究で得られた新物質は,10万気圧という地球内部のマントルに相当する極めて高い圧力を印加することで,初めて合成できます。このような環境下で形成される特異な結晶構造が,Pt由来の超伝 導を引き起こす珍しい新物質の発見につながったと考えられます。今後,この新構造を起点とした新たな材料設計指針に基づいて結晶構造を最適化することで,さらなる超伝導転移温度の向上が期待されます。
本研究で取り入れた超高圧を利用した研究分野には,未知の構造や,未知の物質が眠っており,今後の材料研究の分野に大きなインパクトを与える発見が期待されます。