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研究内容

生体組織の乾燥とブレを防ぎ、高解像度でのイメージングを実現する、新発想の観察試料作成技術「撥水性超薄膜ラッピング法」を確立 —研究者のノウハウだけに頼らない生体組織の観察試料作成が可能に—

掲載日:
光細胞生理研究分野

東海大学(所在地:神奈川県平塚市北金目4-1-1、学長:山田 清志〔やまだ きよし〕)マイクロ・ナノ研究開発センター准教授の岡村 陽介〔おかむら ようすけ〕(東海大学工学部応用化学科)ならびに国立大学法人北海道大学(所在地:北海道札幌市北区北8条西5丁目、総長:名和 豊春〔なわ とよはる〕)電子科学研究所教授の根本 知己〔ねもと ともみ〕を中心とする研究グループは、生体組織の乾燥とブレを防ぎつつ、高解像度でのイメージングを実現する、新しい発想の観察試料作成技術「撥水性超薄膜ラッピング法」を確立しました。これにより、研究者の経験やノウハウに頼る部分が大きかった生体組織の観察試料作成が標準化できることを示しました。

なお、本研究成果は、2017年8月11日(金)(ドイツ時間)に、ドイツの学術雑誌『Advanced Materials』(DOI:10.1002/adma.201703139)に掲載されました。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.201703139/full

<本研究成果のポイント>
  • 「撥水性超薄膜ラッピング法」の確立により、従来の観察試料の作成法(①カバーガラスで覆う ②アガロースなどのヒドロゲル※1で包埋※2)における課題点(生体組織の破壊、高解像度画像の取得不可)を克服
  • 研究者の経験とノウハウに頼っていた観察試料の作成を「撥水性超薄膜ラッピング法」によって標準化
  • 生体組織を透明化したまま、ヒドロゲルを併用した包埋が可能に
【論文著者】
第一著者: 張 宏(東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター特定研究員)
著者: 増田 愛美(当時:東海大学工学部応用化学科4年次生)※第一著者と同等の貢献
著者: 川上 良介(国立大学法人北海道大学電子科学研究所助教)※第一著者と同等の貢献
責任筆者: 岡村 陽介(東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター、東海大学工学部応用化学科准教授)
【本件に関するお問い合わせ】
東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター 岡村 陽介 TEL:0463-58-1211(代表)
国立大学法人北海道大学電子科学研究所 根本 知己 TEL:011-706-9362

本研究の背景

臓器などの生体組織を顕微鏡によって画像化・視覚化する「イメージング技術」は、生命現象をリアルタイムで可視化し情報を得るうえで必要不可欠な観察法であり、顕微鏡本体や観察精度などハード面の技術開発の進歩には目を見張るものがあります。さらに、最近では生体組織を透明化する試薬が開発されたことで、生体組織の特定蛋白質の深部のイメージングが可能となり、これまではできなかった生体組織を丸ごとイメージングするニーズが急増しています。

一方、ソフト面にあたる、生体組織を観察するための試料の作成法には、さまざまな課題が残されています。現在、観察試料の作成にあたっては、観察したい生体組織をガラス基板に乗せたあと、乾燥を防ぐために緩衝液を滴下し、カバーガラスで覆う手法、もしくはアガロースなどのヒドロゲルで包埋する手法が用いられています。しかし、カバーガラスで覆う手法では、生体組織が破壊されたり、観察中に顕微鏡のステージ(試料を置く台)を動かす際の慣性の力によって生体組織がブレたりします。また、ヒドロゲルで包埋すると、ガラス基板と生体組織の間にゲルが入り込み、高解像度の画像が取得できないなどの問題があり、依然として各研究者が独自に積み上げてきた経験やノウハウに基づいて観察が行われているのが現状です。さらに、後者の場合、生体組織を透明化したとしても、ヒドロゲルの添加によってもとの不透明な状態に戻ってしまうため、透明化させた生体組織を観察する際はヒドロゲルを使用できないなどの制限があります。そこで、生体組織の乾燥とブレを防ぎ、かつ高解像度でイメージングできる技術の開発、ならびに透明化した生体組織とヒドロゲルを併用する技術の開発が望まれていました。

本研究グループはこれまで、厚みをナノ(ナノは10億分の1)寸法(100ナノメートル程度)に制御した「高分子超薄膜」を研究対象とし、反応性官能基※3や接着剤を使用することなくガラスやプラスチック、生体組織などさまざまな表面に吸着するユニークな特性を見いだしてきました。本研究では、こうした超薄膜の高接着性を利用して生体組織をラッピングすれば「ブレ」が解決でき、かつ撥水性を有する素材で超薄膜を設計すれば、乾燥防止機能に転換できるとの発想に至りました。

本研究の概要

本研究では、撥水性高分子として水とほぼ同じ屈折率を持つ、旭硝子株式会社製のフッ素樹脂「サイトップ®」※4を材料とする撥水性超薄膜を開発し、保水・保定を実現する生体組織用の高解像度イメージングツールに応用しました。

さらに、透明化した生体組織を長時間イメージングできるよう、従来法では達成できないヒドロゲルとの併用法を新規に開発しました。

本研究で得られた成果

シリコン(SiO2)基板上にポリビニルアルコール(PVA)水溶液※5、サイトップ®溶液の順にスピンコート※6(図1A)し、基板ごと純水※7に浸漬させたところ、PVA犠牲層が速やかに溶解し、基板の形状を維持した透明かつ平滑なサイトップ®超薄膜が水面に浮いた状態で回収できました(図1B、C)。実際、サイトップ®超薄膜の水接触角※8は111±1°と計測され、その表面は撥水性であることを確認しました(図1D)。さらに、超薄膜の膜厚はスピンコート時のサイトップ®溶液の濃度に比例し、膜厚は約18~687ナノメートルの間で任意に制御できることも確認しました(図1E)。

また、サイトップ®超薄膜の接着強度を超薄膜スクラッチ試験機※9にて測定したところ、膜厚150ナノメートル以下に制御すると接着強度が向上することを実証しました(図1F)。さらに、分光光度計※10にて超薄膜の透過率を測定したところ、紫外・可視領域(200~800ナノメートル)において光の吸収はみられず(図1G)、サイトップ®超薄膜の高い透明性が裏付けられ、サイトップ®を使用した「撥水性超薄膜」の創製に成功しました。

図1 サイトップ®からなる撥水性超薄膜の調製法と物性

生体組織に見立てたアルギン酸からなるヒドロゲルをモデルとして用い、サイトップ®超薄膜の保水効果を次のとおり検証しました。カバーガラス上に乗せたヒドロゲルをサイトップ®超薄膜でラッピングし、恒温恒湿下で静置しました(図2A)。ラッピングしない場合は、水の蒸発に伴ってゲルは徐々に収縮し、10時間程度で完全に乾燥しました(図2B、 C(i))。次に、サイトップ®超薄膜でラッピングしたところ、膜厚の上昇とともにゲルの乾燥を顕著に抑制でき、明らかな保水効果が見られました(図2B、C)。一方、透明性の高いポリメタクリル酸メチル(PMMA)※11からなる超薄膜(水接触角:68 ± 1°)を比較対照とし同試験を行ったところ、保水効果は確認できませんでした(図2B、C)。したがって、サイトップ®超薄膜は、その撥水性によりゲルの乾燥を防止するラッピングシートとして機能することを実証しました。これは、撥水性が保水効果に転換したことを意味します。

図2 サイトップ®からなる撥水性超薄膜の保水効果(蒸発防止効果)

透明化した脳切片(厚み:約1ミリメートル)を共焦点顕微鏡※12にて、z方向(厚み)は1マイクロメートルの間隔で40~44マイクロメートル、x方向(横)とy方向(縦)は761×756マイクロメートル のタイリング撮影※13(4×4枚)を行いました。通常、この広範囲の視野の撮影には、約2時間程度を要します。

図3 撥水性超薄膜のラッピングによる透明化脳切片の高解像度イメージング
(A)ラッピングなし
x, y方向の画像撮影に関して焦点はあっているものの、z方向(ii図のyz,xz部分)では画像が伸びきった不鮮明なノイズが見られました。これは、撮影の間に、脳切片が乾燥してしまうことに起因します。
(B)撥水性超薄膜のラッピング
x, y, zすべての方向で鮮明な画像を取得できました。これは、撥水性超薄膜のラッピングのみで、脳切片の乾燥とブレを防止できることを実証しています。
(C)撥水性超薄膜のラッピングとアガロース包埋の併用
(B)と同様、x、y、zのすべての方向で鮮明な画像が取得できました。従来、透明化した生体組織標本にアガロース(ヒドロゲル)を使用すると、アガロース水溶液が標本に浸透し、不透明な組織に戻ってしまいますが、撥水性超薄膜でラッピングするとアガロース水溶液が標本に浸透せず、透明性を維持できました。この知見は、超薄膜ラッピングとアガロースとの併用により、さらに長時間の撮影が可能になる可能性を秘めています。
用語解説
※1)ヒドロゲル:
ゼラチンや寒天(アガロース)のように液体成分が水であるゲルのこと。
※2)包埋:
試料を安定に保持するために、樹脂など(本研究ではヒドロゲル)に埋め込むこと。
※3)反応性官能基:
基材等に化学的に結合できる結合様式のこと。
※4)サイトップ®:
旭硝子(株)で開発されたアモルファスフッ素含有高分子のこと。
※5)PVA水溶液:
ポリビニルアルコールを水に溶かした水溶液のこと。ポリビニルアルコールは水溶性であり、医療用のカプセルにも使われる高分子である。
※6)スピンコート:
基板の上に溶液を塗布したあと、高速回転させて溶液を均一に広げる方法のこと。
※7)純水:
不純物をほとんど含まない純度の高い水のこと。
※8)水接触角:
材料表面の水のぬれやすさを表す指標のことで、材料表面上に水を置いたときに、その表面と水滴の表面が作る角度のこと。図1Dのように、水をはじく材料であるほど角度が大きくなる。
※9)超薄膜スクラッチ試験機:
ダイヤモンド圧子に荷重をかけながら削り、剥がれた際の荷重値を計る装置のこと。
※10)分光光度計:
波長を変えた光を試料に当てて吸収するか否かを測定する装置のこと。
※11)PMMA:
ポリメタクリル酸メチルの略称。 アクリル樹脂ともいわれ、透明性の高いプラスチック。
※12)共焦点顕微鏡:
焦点を絞ったレーザー光を試料に当てて試料からできる蛍光を検出し、コンピュータで再構築して三次元画像を得る顕微鏡のこと。
※13)タイリング撮影:
一視野の観察範囲では収まりきれない試料に対して、画面を分割して撮影し、それらの画像を貼り合わせる方法。広範囲の観察や解析ができる。
なお、本研究の一部は、以下の助成により実施されました。
  • JSTマッチングプランナープログラム「探索試験」
  • 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ナノメディシン分子科学」(公募研究)
  • 文部科学省私立大学戦略的基盤形成支援事業(平成26–30年)
  • 「物質・デバイス領域共同研究拠点」における基盤共同研究(平成28年度)、展開共同研究A(平成29年度)
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