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研究内容

イオンのビリヤードで新しい物質を開発 —プロトン駆動イオン導入法(PDII)—

掲載日:
光電子ナノ材料研究分野

研究成果のポイント

  • 水素イオン(プロトン)を使って玉突き現象による物質合成法を発明。
  • 溶液を全く使わない,電気化学を応用した新たなイオン導入技術を開発。
  • 高電圧を加えることで,熱力学的に準安定※1な物質を合成。

研究成果の概要

北海道大学電子科学研究所(所長 中垣俊之教授)附属グリーンナノテクノロジー研究センターの藤岡正弥助教,西井準治教授らは,イオンの玉突き現象を利用した新たな物質合成の技術を確立しました。この合成手法は,放電によって発生した水素イオン(プロトン)を別のイオンに当て,動かすことで,様々なイオンをナノレベルの隙間がある物質(ホスト物質)に挿入することや,ホスト物質中の別のイオンと交換することができます。このようなイオン導入はこれまで液体中で行われていましたが,溶媒(物質を溶かすための液体)がホスト物質の中に同時に取り込まれて結晶性を劣化させる問題や,イオンを物質の内部まで均質に入れるために長時間の処理が必要となる問題がありました。

今回開発したプロトン駆動イオン導入法では,液体を一切使わずイオンのみを利用するため,良質な試料を合成することができます。また,非常に強い電界でイオンを動かすため,大きな単結晶※2の内部にまでイオンを導入することが可能です。さらに電界の力を使って強制的にイオンを導入するため,通常では合成できない熱力学的に準安定な物質が合成できることも確認できました。

現状では,物質中のLi+,Na+,K+,Cu+,Ag+のような1価のイオンを,プロトンH+を使って動かし,これらのイオンの挿入や交換に成功しています。今後,この方法を利用し,マイナスの電荷を持ったイオンや2価以上の価数を持つイオンに適用することで,新規物質や未知の機能を持った物質の発見が加速し,新たな材料科学の可能性を切り拓くものと期待されます。本研究は,「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」, 「物質・デバイス領域共同研究拠点」ナノシステム科学領域の共同研究などの支援を受けて実施されました。

研究成果は,2017年11月16日にアメリカ化学会のJournal of the American Chemical Society(JACS)のオンライン版に掲載されました。

論文発表の概要

研究論文名: Proton-driven intercalation and ion substitution utilizing solid-state electrochemical reaction(固体電気化学反応を利用したプロトン駆動イオン挿入と交換)
著者: 藤岡正弥1, Wu Chuanbao2, 久保直紀1, Zhao Gaoyang2, 猪石 篤3, 岡田重人3, 出村郷志4, 坂田英明4, 石丸 学5, 海住英生1, 西井準治1,Gang Xiao41北海道大学電子科学研究所, 2西安工科大学, 3東京理科大学理学部, 4九州大学先導物質化学研究所, 5九州工業大学大学院工学研究院)
公表雑誌: Journal of the American Chemical Society(アメリカ化学会による学術誌)
公表日: 米国東部時間2017年11月16日(木)(オンライン公開)

研究成果の概要

(背景)

新しい装置や技術の発展に伴い,これまで多くの材料が合成されてきました。通常の合成手法では得られない物質を合成することができれば,物質科学の分野は更なる発展が期待されます。従来,イオンの挿入やイオンの交換では,液体中にイオンを溶かし込んだ溶液プロセスが用いられてきました。しかし溶液プロセスには,溶媒がホスト物質に同時侵入してしまうことや,内部にまで均質にイオン導入させるのは容易ではないこと,物質によっては液体中での使用に制限があることなど,様々な問題があります。これを解決するためには,溶液を全く用いない新しいイオンの導入手法が必要です。

今回開発したプロトン駆動イオン導入法は,水素だけで充たした空間(水素雰囲気)中で発生させたプロトンをビリヤードのように次々とイオン伝導体(イオン源)に打ち込み,飛び出してくる別のイオンをホスト物質へと挿入,またはホスト物質中に含まれているイオンと入れ替える方法です。この手法では,溶液を全く使わずにイオンを導入することができます。

(研究手法)

プロトン駆動イオン導入法は,図1に示すように,水素雰囲気中で針状の電極に高電圧を加え,放電を起こすことで水素分子をプロトンに変換します。このプロトンは電界に沿って動き,所望のイオンを有するイオン源に打ち込まれます。プロトンは1価の電荷を持っていますので,イオン源に一つ侵入すると,イオン源を電気的に中性に保つために,イオン源から1価の別のイオンが一つ飛び出します。このようにしてプロトンにより別のイオンを取り出し,それをナノレベルの隙間を持ったホスト物質へと導入することで,新しい物質や,準安定な物質を合成することができます。

本研究ではアルカリ金属イオンを含有するリン酸塩ガラスや,CuI,AgIをイオン源として,Li+, Na+, K+, Cu+, Ag+等のイオンを層状物質※3であるTaS2のナノ空間へ均質に挿入することに成功しました。さらに,Na+のイオン伝導体として知られているNa3V2(PO4)3のNa+を,K+に交換することで,従来の固相反応法※4では得られない熱力学的に準安定な物質合成に成功しました。

(研究成果)

プロトン駆動イオン導入法では,物質内へ溶媒の侵入が全くないことから,極めて高い結晶性を保持して,イオンの導入が進行します。図2に示すように,層状物質であるTaS2にイオンを導入しても,X線回折※5から得られるピークの幅がほとんど変わりません。これは,高い結晶性が保持されていることを示しています。また,X線回折では,TaS2の層間が広がるほどピークが低角度側にシフトしますが,Li+, Na+, K+の順にイオンが大きくなることから,この大きさに応じてX線のピークが低角度側へシフトしていることが確認できます。また,Cu+や,Ag+の導入では,図3(a)に示すように,Na+を含んだリン酸塩ガラスの下にCuIまたはAgIを置くことで,プロトンがNa+を押し出し,Na+がCu+やAg+を押し出すことで,TaS2にイオンが導入されます。図3(c)の写真では,TaS2にCu+を導入したことで,余剰のイオンが金属のCuとなって析出していることがわかります。

Na3V2(PO4)3はNASICON構造という図4(a)で示した結晶構造を有します。これまでは,Na+とK+が混ざったNa3-xKxV2(PO4)3を合成する場合,これらのイオンの大きさの違いからNASICON構造が形成されないことが知られていました。しかし,プロトン駆動イオン導入法では,Na3V2(PO4)3のNASICON構造を一旦合成し,高電界を加えることで強制的にK+をNa+と交換するため,NASICON構造を維持したままK+が導入され,通常の固相反応では熱力学的には得られない準安定な物質の合成に成功しました。図4(b)に示すように,粉末状のNa3V2(PO4)3にK+が導入され色が変化していることがわかります。

(今後への期待)

このようなイオンの挿入やイオンの交換は,ホスト物質との組み合わせにより無数の新規材料を生み出すことが予想されます。現時点ではH+, Li+, Na+, K+, Cu+, Ag+が利用可能ですが,これらのイオンが導入できるホスト物質はまだまだ存在し,今後利用可能なイオンも増えていくものと期待されます。特にマイナスの電荷を有するイオンや,多価数イオンを導入することができれば,物質の新たな機能を引き出し,近年開発が進んでいる固体イオン電池の分野や,エレクトロニクスの分野など,様々な分野での応用開発に役立ちます。プロトン駆動イオン導入法は,今後の材料科学の発展に大きく貢献するものと期待されます。

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 助教 藤岡 正弥(ふじおか まさや)
TEL:011-706-9346  FAX:011-706-9346  携帯電話:090-9042-7450
E-mail:fujioka@es.hokudai.ac.jp
ホームページ: http://nanostructure.es.hokudai.ac.jp/
【用語説明】
※1 準安定:
真の安定状態ではないが,外から大きな乱れが与えられない限り安定に存在できるような状態のこと。
※2 単結晶:
物質のどの場所からみても,結晶軸の方向が同一の結晶。つまりその物質のどこを切り出しても,原子,分子の並ぶ向きが同じ結晶をいう。半導体シリコンなどに使われている。
※3 層状物質:
層状の結晶構造をもつ物質。共有結合やイオン結合のような強い結合で作られた単位層が,菓子のミルフィーユのように重なった状態。天然には雲母や粘土,グラファイトなどがある。
※4 固相反応法:
固体内や固体間で起こる化学反応を利用した合成手法。一般に,熱により合成が進行する。
※5 X線回折:
X線を利用し,物質の構造を分析する手法。
【参考図】
図1 プロトン駆動イオン導入法の概念図

TaS2の単結晶の上にイオン源を配置し,針状電極とカーボン電極間に高電圧を加えることで,プロトンを発生させる。このプロトンがイオン源中のイオンを押し出すことで,TaS2にイオンを導入する。写真は,ホスト物質として使用したTaS2の単結晶。

図2 TaS2に導入されたイオンのX線回折結果

Li,Na,Kなどのアルカリ金属イオンの大きさに応じて,X線回折から得られるピークが低角度側(左側)へシフトしている。これは,TaS2に挿入されたアルカリ金属イオンの大きさに応じて,層間が広がっていることを意味する。グラフの縦軸(Intensity)はX線の強度,横軸(2θ)はX線の入射角を2倍した数値を表す。

図3(a)イオン源にCuIを用いた場合の概念図,(b)処理後のCuIの下面写真,(c)処理後のCuIの上面写真

プロトンがリン酸塩ガラスからNa+を押し出し,Na+がCuIからCu+を押し出している。図にはそれぞれの界面で進行する反応式が記されている。CuIの上面ではリン酸塩ガラスからNa+が移動してくるため,CuIの一部がCu1-xNaxIとなってイオンの交換が進行する。また,CuIの下面では,Cu+がTaS2に導入されCuxTaS2が合成されるが,その一部が金属のCuとなって析出していることがわかる。

図4(a)NASICON構造を有するNa3V2(PO4)3とK3V2(PO4)3の結晶構造,(b) プロトン駆動イオン導入法により,K+導入されたNa3-xKxV2(PO4)3

NaとKではイオンの大きさが大きく異なることから,これらが混ざったNa3-xKxV2(PO4)3では(a)で示したようなNASICON構造は形成されない。プロトン駆動イオン導入法を用いると,(b)で示したように,上面からK+が粉末状のNa3V2(PO4)3へと侵入し,徐々にNa+がK+に置換され,色が変化していることが確認できる。

参考

今回開発したプロトン駆動イオン導入法のイメージ図。水素だけで充たした空間中で発生させたプロトン(青丸)を次々とイオン伝導体(イオン源)に打ち込み,ビリヤードのように飛び出してくる別のイオン(赤丸)をホスト物質の層間]に取り入れている。

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