ポイント
- 人間社会で協調性が生み出されるメカニズムを,社会的ジレンマ実験によって検証
- 相手のことを知ることができ,関係性を構築できる条件下では,協力行動が誘導されることを実証
- 一方,懲罰は協力行動を誘導せず,むしろ報復を誘発することを解明
概要
北海道大学電子科学研究所のユスップ・マルコ助教らは,人間社会において協調性が生み出されるメカニズムの解明のため,「囚人のジレンマ」と呼ばれる社会的ジレンマ実験を行いました。囚人のジレンマでは,ペアを組んだ実験参加者が相手に対して「協力」「裏切り」などを選択し,それに応じてスコア(報酬)が与えられます。
実験の結果,相手を知ることができない状況と比較して,相手を知り,関係性を構築できる状況下では,協力行動が誘導・維持されることが明らかになりました。一方,この条件下での懲罰行為は,協力行動を阻害し,報復を誘発することが明らかになりました。これは,懲罰が協力行動を誘導するというこれまでの仮説に反する結果です。
本研究は,中国,アメリカ,クロアチア,イスラエル,イタリアの大学との国際共同研究として行われ,PNAS 誌(米国科学アカデミー紀要)に米国東部時間 12 月 19 日付でオンライン掲載されました。
【背景】
「環境に適応できる優秀な個体が生き残る」というダーウィンの自然選択説に従えば,各個人が利己的に振る舞う方が,種にとって有利であるとされます。しかし実際には,高度な文明を築く上で協調性は欠かせません。
これまで,人や動物が協調性をどのように獲得したのかは十分に明らかにされていませんが,自然選択説から 150 年以上の議論を経て,協調性を促進する幾つかの仕組みが理論的研究によって提唱されています。今回,研究グループは,それらのうち「ネットワーク型相互関係」と「コストを伴う懲罰」と呼ばれる仕組みが,実際に協調性を促進するかどうか実験的に検証しました。
【研究手法】
研究グループは,社会的ジレンマ実験を通して,人間社会において協力行動が促進されるメカニズムの理解を目指しました。社会的ジレンマ実験とは,実験参加者が,自分だけが得をする「自己利益」と構成員全体が得をする「共通利益」のどちらかの選択を迫られる実験のことです。
今回の研究では,社会的ジレンマ実験の一つとしてよく知られる「囚人のジレンマ」を応用した実験を行いました。一般的な囚人のジレンマでは,ペアを組んだ実験参加者が相手に対して「協力」または「裏切り」を選択し,両者の選択結果によって異なるスコア(報酬)が与えられます。例えば,両者が協力を選択した場合,一方が協力で他方が裏切りを選択した場合,両者が裏切りを選択した場合で,それぞれに異なるスコアが与えられます。この選択を一定回数繰り返した後,両者のスコアを比較することで,どのような選択が有利な結果に結びつくか分析できます。
今回の囚人のジレンマ実験では,225 名の被験者が3つの条件のいずれかに振り分けられ,1ラウンドあたり 2 名の相手と囚人のジレンマ実験を行い,これを 50 ラウンド行いました。3つの条件とは,①シャッフル,②ネットワーク,③懲罰付きネットワークです。
「①シャッフル」では相手がラウンド毎に入れ替わるため,「協力」「裏切り」を選択する際に,相手の特徴を認識し,参考とすることができません。「②ネットワーク」では相手が固定されるため,相手の特徴を認識しながら選択ができます。「③懲罰付きネットワーク」は「ネットワーク」と同様ですが,「協力」,「裏切り」に加え,3つ目の選択肢として「懲罰」を加えました。懲罰を選択した場合は,自分のスコアも減りますが,相手のスコアの方がより多く減るように設定されています。研究チームは,これらの3条件において,選択の傾向やスコアの推移を検証しました。
【研究成果】
実験の結果,相手を認識できない「シャッフル」では裏切り選択が増加することがわかりました。「シャッフル」は一般的な囚人のジレンマ実験と同様の条件であり,この条件下では裏切り選択が優勢かつ合理的であることが知られています。
一方,相手を認識できる「ネットワーク」では,協力行動が誘導・維持されることが明らかになりました。また,その際に協力的な被験者同士がグループを作ることがわかりました。
「懲罰付きネットワーク」では,協力を選択する集団が維持されるものの,それが懲罰による効果ではないことが明らかになりました。懲罰はむしろ懲罰返しや裏切りを誘導し,協力グループの形成を阻害していました。また「懲罰付きネットワーク」では,協力的な相手を認識する能力が低下すること,最終的な報酬(スコア)が低下すること,協力選択と報酬的成功の関係が不明瞭になることがわかりました。
【今後への期待】
これらの結果は,相手のことを知ることができると協力行動が誘導されやすいことを示しており,「ネットワーク型相互関係」理論を支持しています。一方,懲罰は協力行動を誘導せず,むしろ阻害していたことから,「コストを伴う懲罰」理論には相反する結果となりました。これは,実世界でなぜ懲罰が行われるのかを問う結果でもあります。
研究グループは,支配的な立場にある側が報復を受けることなく懲罰を行うことができるといった非対称な状況において,懲罰による協力誘導が起こるという仮説を立てており,今後検証していく予定です。さらに,文化的背景が懲罰に対する反応に影響していることも予想されるため,多様な被験者を対象に同様の検証が行われることが期待されます。
論文情報
論文名 |
Punishment diminishes the benefits of network reciprocity in social dilemma experiments (社会的ジレンマ実験では,懲罰はネットワーク関係の利益を脅かす) |
著者名 | Xuelong Li1, Marko Jusup2, Zhen Wang3, Huijia Li4, Lei Shi5, Boris Podobnik6,7,8,9,10, H. Eugene Stanley6, Shlomo Havlin11,12, Stefano Boccaletti13,14 (1中国科学院, 2北海道大学電子科学研究所附属社会創造数学研究センター, 3西北工業大学, 4中央財経大学, 5雲南財経大学, 6ボストン大学, 7リエカ大学, 8ザグレブエコノミクス・マネジメントスクール, 9ルクセンブルグビジネススクール, 10スロベニア情報科学大学, 11バル=イラン大学, 12東京工業大学, 13イタリア学術会議, 14在イスラエル国イタリア大使館) |
雑誌名 | Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要) |
DOI | 10.1073/pnas.1707505115 |
公表日 | 米国東部時間 2017年12月19日(火)(オンライン公開) |
お問い合わせ先
北海道大学電子科学研究所 助教 ユスップ・マルコ(Marko Jusup)
TEL 011-706-2889
FAX 011-706-2891
メール mjusup@es.hokudai.ac.jp
URL http://www.math.sci.hokudai.ac.jp/en/resercher/jusup.php
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