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研究内容

ナノ空間に光を2倍長い時間閉じ込める手法を開発 — 検査精度の向上など医療応用に期待 —

掲載日:
グリーンフォトニクス研究分野

ポイント

  • インフルエンザ感染簡易検査など,光(色)による検査法には,より高い検出感度が求められている。
  • 金のナノ微粒子に光を長時間閉じ込める新しいシステムの開発に成功。
  • 長く閉じ込めた光によって,検査に用いる抗原抗体反応を高感度に検出できると期待。

概要

北海道大学電子科学研究所の三澤弘明教授らの研究グループは,中国の北京大学と共同で,厚さ25ナノメーター(nm。1nmは10億分の1メートル)の酸化アルミニウム(アルミナ)を,金ナノ微粒子の周期構造と厚さ20 nmの金フィルムでサンドウィッチしたナノ構造(下図)により,光を金ナノ微粒子に2倍長い時間閉じ込めることに初めて成功しました。

光が金ナノ微粒子に当たると,微粒子表面の電子が光と共鳴して集団で振動する局在プラズモンという現象が生じます。これまで,金ナノ微粒子の近くに分子が存在すると,局在プラズモンにより分子の発光やラマン散乱(物質にあたると光の波長が変わる現象)が強くなることがわかっており,分子の高感度な検出法として利用されてきました。これは,電子の振動により新たな光(近接場)が微粒子表面に発生し,光がナノ空間に閉じ込められることと,電子の振動がしばらく続くため近接場が長い間維持され(=時間的な閉じ込め),時・空間的に閉じ込められた近接場と分子が強く相互作用することが要因です。さらなる高感度化を目指し,より小さなナノ空間に近接場を閉じ込める研究が行われてきましたが,近接場を時間的に閉じ込めることは難しく,これまで報告がありませんでした。

研究グループは,下図の金ナノ微粒子の周期構造の上方から光を当てることで,周期構造によって照射方向の垂直方向へ進む回折光を生じさせました。これにより,厚さ数10nmの金フィルム表面上を電子の集団振動が伝搬する伝搬型プラズモンが発生し,これと金ナノ微粒子の局在プラズモンとが強く相互作用した新しい状態,「強結合状態」を創ることに成功しました。伝搬型では局在型に比べより長い時間近接場が存在するため,強結合状態では金ナノ微粒子に近接場を長時間閉じ込めることが可能になり,閉じ込め時間を約2倍とする新たな機能発現に成功しました。本研究成果は,より高感度なバイオセンサーへの応用や,光エネルギー変換などへの発展が期待されます。

本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金特別推進研究(18H05205)により推進されました。なお,本研究成果は,英国時間2018年11月19日(月)公開のNature Communications誌(電子版)に掲載されました。

(左)作製した構造の略図,(中)上面の電子顕微鏡写真,(右)断面エネルギー分散型X線分析

【背景】

金ナノ微粒子は通常の物質とは異なり,サイズによって色が赤や黄などに変化します。この現象は局在プラズモンと呼ばれ,あまり聞き慣れない言葉ですが,実はステンドグラスはこの局在プラズモンを利用してガラスを発色させています。局在プラズモンは,光が金ナノ微粒子に当たると微粒子表面の電子が光と共鳴して集団で振動するために起こります。共鳴する光の波長は金微粒子のサイズに依存しますが,共鳴によって光が吸収されたり散乱されたりするので,可視光により共鳴が起きれば色が付いて見えるのです。

これまでの研究で,金ナノ微粒子の近くに分子が存在すると,局在プラズモンによって分子の発光やラマン散乱が強くなることがわかっており,高感度な分子の検出法として創薬や医療検査などに広く利用されてきました。これは,電子の集団振動により新たな光(近接場)が光の波長よりもはるかに小さなナノ微粒子の表面に生じることで,光をナノ空間に閉じ込められることと,照射された光が微粒子を通り過ぎても電子の振動がしばらく続くため,近接場が時間的にもナノ微粒子に閉じ込められること,つまり,分子と近接場が時間的,空間的に強く相互作用することを利用した検出法です。金ナノ微粒子に生じる近接場は,微粒子同士が接近するとその空隙(すきま)でより増強されるため,ナノ加工技術を使ってnmサイズの狭い空隙を作り,空間的に近接場を強く閉じ込めて分子の検出感度を上げる研究がこれまで多く報告されてきました。しかし,近接場を時間的に閉じ込めることは難しく,報告がありませんでした。

三澤教授らの研究チームは,近接場を時間的により長く閉じ込めるシステム作りに挑戦するため,厚さ数10nmの金フィルム表面に発生する伝搬型のプラズモンに着目しました。金フィルムに斜めから光を入射すると,ある入射角度で電子の集団振動が生じ,それが金フィルム表面上を伝わっていきます。これが伝搬型プラズモンですが,局在プラズモンに比べ光散乱による損失が小さいため,電子の振動が局在型より長く継続します。伝搬型は,空間的な閉じ込め範囲は局在型より小さいですが,時間的には長く近接場を閉じ込められることが知られています。

局在型と伝搬型のそれぞれのプラズモンを1ページの図のように厚さ25 nmのアルミナを挟んで近接させ,局在型を示す金のナノ微粒子の周期構造の上方から光を当てれば,周期構造によって入射光の回折が生じて入射方向の垂直方向に進む回折光が発生します。それによって伝搬型のプラズモンを発生させることができ,さらにそれぞれのプラズモンがアルミナを介して強く相互作用し,新しいプラズモンの状態,「強結合状態」を創り,金ナノ微粒子に長時間近接場を閉じ込められると着想しました。これによって,金ナノ微粒子のナノ空間に,より長く近接場を閉じ込めることが可能になり,局在プラズモンのみの場合に比べ,より高感度な分子の検出ができると予想されました。

【研究手法】

透明電導成膜であるITO(インジウムスズ酸化物)をコートしたガラス基板上に,厚さ20nmの金フィルムを成膜し,さらにその上に厚さ25nmのアルミナ層を成膜しました。このアルミナ層の上に金ナノ微粒子の周期構造(直方体形状100~160nmの任意のサイズ(縦と横の長さは同じ),高さ40nm)をナノ加工技術を駆使して配置した,金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム構造を作製しました(1ページの図参照)。

消光スペクトル測定に加えて,既報の時間分解光電子顕微鏡(フェムト秒(fs,1000兆分の1秒)レーザーと,金属から飛び出す電子を空間的に高い精度で可視化できる顕微鏡を組み合わせた測定システム)を用いて,金ナノ微粒子に誘起される局在表面プラズモンの位相緩和時間(電子の集団運動の継続時間)を時間的・空間的に高い精度で計測しました。

【研究成果】

金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム基板構造の金ナノ微粒子側から光を入射すると,伝搬型と局在型のプラズモンの強結合状態が生成し,強結合していないときに比べ,金ナノ微粒子の局在プラズモンの位相緩和時間を約2倍長くすることに成功しました。

図1(a)に,金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム構造の消光スペクトルを示します(構造周期は500 nm)。金ナノ微粒子の一辺のサイズが135nmの構造で観測されている短波長側のピークは構造サイズが変化しても大きく波長シフトは示さないのに対し,長波長側のピークは大きく波長シフトしています。このことから135nmの構造で観測されている短波長側のピークは,金ナノ微粒子周期構造による回折光により引き起こされた伝搬型表面プラズモン由来のピーク,そして長波長側のピークは金ナノ微粒子の局在プラズモン由来のピークであると考えられます。実際に,電磁場シミュレーションによりそれらが確認されました。

注目すべき点は,構造サイズが115nm,または110nm程度になると,伝搬型表面プラズモン由来のピークと局在プラズモンのピークの波長が近づき,短波長側のピークでさえ波長シフトが引き起こされていることです。図1(b)に,短波長側及び長波長側のピークエネルギーをそれぞれ元の局在プラズモン波数に対してプロットした分散曲線と呼ばれるグラフを示しますが,強結合に特有の反交差な振る舞いが見られており,図2(a)に示すように伝搬型表面プラズモンモードが金ナノ微粒子の局在プラズモンモードと強結合することによって生じるハイブリッドモードと呼ばれる新しい状態が形成されたことを示しています。

本現象をより深く理解するために,図2(b)に示すようにさまざまな構造周期における光電子強度の作用スペクトルを測定して,近接場スペクトルを得ました。測定レーザー光の波長可変領域が720~920nmと限られるために,構造周期が600nmの構造ではハイブリッドモードのPは測定波長の範囲内に収まっていませんが,構造周期500nmと450nmにおいては,明瞭にP+とP由来の2つのバンドが観測されました。

さらに時間分解光電子顕微鏡を用いて,図3に示すようにさまざまな構造周期における金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム構造の光電子強度のレーザー光パルス(プローブ光)の遅延時間依存性を測定しました。このデータの解析により,P+とPそれぞれのモードの位相緩和時間を見積もることができ,伝搬型表面プラズモンモードと局在プラズモンモードの共鳴波数が最も近い構造周期500nmにおいては,それぞれ10.0 fsであること,そして最も離れている構造周期400nmではそれぞれ13.0 fsと6.0 fsであることが明らかとなりました。このことから,強結合条件下プラズモンの共鳴波数を調節することにより,金ナノ微粒子の位相緩和時間を延ばすことができることを示しました。

【今後への期待】

従来,局在プラズモンにより生成する近接場を時間的により長く閉じ込めることは難しいと考えられてきました。しかし,本研究により,伝搬型と局在型のプラズモンの強結合を用いれば,空間のみならず,時間的にもより効果的に近接場を閉じ込められることが示されました。これは高感度な分子検出システムの開発に応用でき,創薬や医療検査への展開が期待されるとともに,革新的な太陽電池や人工光合成などの光エネルギー変換システムへの展開にも期待が寄せられます。

論文情報

論文名 Manipulation of the dephasing time by strong coupling between localized and propagating surface plasmon modes(局在プラズモンと伝搬型表面プラズモンの強結合による位相緩和時間の制御)
著者名 楊 京寰1,2, 孫 泉2, 上野貢生2,石 旭2,押切友也2, 三澤弘明2,3, 龔 旗煌1,4 (1北京大学物理系, 2北海道大学電子科学研究所,3台湾国立交通大学新世代機能性物質科学研究センター,4山西大学共同極限光開発センター)
雑誌名 Nature Communications
DOI 10.1038/s41467-018-07356-x
公表日 英国時間2018年11月19日(月)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 教授 三澤弘明(みさわひろあき)
TEL 011-706-9358
FAX 011-706-9359
メール misawa
URL http://misawa.es.hokudai.ac.jp/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール kouhou

【参考図】

図1.(a) 金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム構造の消光スペクトル(図中数字は金ナノ微粒子の一辺のサイズ)。(b) 短波長側及び長波長側のピークエネルギーをそれぞれ元の局在プラズモン波数に対してプロットした分散カーブ。
図2.(a) 伝搬型表面プラズモンモードと局在プラズモンモードとの強結合によるハイブリッドモード形成を示すエネルギーダイアグラム。(b)さまざまな構造周期における金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム構造の光電子強度の作用スペクトル(構造サイズ一辺115 nm)。
図3.さまざまな構造周期における金ナノ微粒子周期構造/アルミナ/金フィルム構造の光電子強度のレーザー光パルス(プローブ光)の遅延時間依存性。
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