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研究内容

二次元材料WS2のホットな電子がクールになるまで —次世代の光エレクトロニクス材料開発に向けて—

掲載日:
グリーンフォトニクス研究分野

ポイント

  • 次世代光エレクトロニクス材料として期待される二次元材料・二硫化タングステン(WS2)に生じるホットエレクトロンの超高速緩和過程を解明。
  • パルスレーザーの照射によって電子を捕捉する欠陥準位の生成が加速されることを初めて発見。
  • 測定に用いた独自開発の新規光電子顕微鏡は,様々な2次元材料の計測への展開が期待される。

概要

北海道大学電子科学研究所の孫泉特任准教授と三澤弘明特任教授は,中国北京大学物理学科,および中国科学院との国際共同研究により,高性能なFETトランジスタ(*1),光検出器,そしてレーザーなどへの応用が期待される二次元材料・二硫化タングステン(WS2)に光照射したときに生成するホットエレクトロン(*2)の超高速な現象の計測に成功しました。

今回の計測には,WS2を光励起したときに生成するホットエレクトロンの高速な現象を追跡できる時間分解能0.2ピコ秒(*3)以下,また空間分解能10 ナノメーター(*4),エネルギー分解能150 meV(ミリエレクトロンボルト)といった優れた性能を有する独自開発の光電子顕微鏡を用い,初めてホットエレクトロンの超高速緩和過程を解明しました。

WS2にそのバンドギャップ(*5)より大きな光エネルギーのポンプパルスレーザー(波長:410 nm)を照射すると,価電子帯の電子が励起され,伝導帯に過剰なエネルギーを持ったホットエレクトロンが生成します。次に,生成したホットエレクトロンにプローブパルスレーザー(波長:273 nm)を照射し,WS2の外(真空中)にホットエレクトロンを放出させ,その運動エネルギーを計測しました。伝導帯に生成したホットエレクトロンは,熱を放出しながら極めて早い時間でエネルギー的に安定な伝導帯の底に緩和します。その緩和時間を計測するために,プローブパルスを照射するタイミングを少しずつ遅らせて計測するということを繰り返し行い, 0.3ピコ秒という極めて早い時間でホットエレクトロンが緩和することを見出しました。また,熱的に緩和した伝導帯電子は,1ピコ秒程度で消失することも見出しました。この消失は,主に伝導帯電子が欠陥準位に捕捉されるためであることを明らかにしました。さらに,伝導帯電子の消失速度はパルスレーザー照射を繰り返すことにより加速されることが示され,レーザー照射によって欠陥準位の形成が加速されることを解明しました。このような欠陥準位の生成は,光エレクトロニクス材料としてWS2を用いる際に性能劣化を誘起する大きな原因になると考えらます。今後,欠陥準位の生成を抑制する因子を探索するためにも本計測が重要な意義を持つと考えられます。

なお,本研究成果は,米国東部時間2020年4月3日(金曜)公開のNano Letters誌の電子版に掲載されました。

【背景】

物質を究極まで薄くすると原子1層になります。このような物質は2次元物質(材料)とよばれています。黒鉛(グラファイト)は中学校の理科の教科書にも出てきますが,電池の電極に利用できる金属と同じように電気を通す材料で,厚みのある3次元材料です。このグラファイトを原子1層の薄さにした2次元材料は「グラフェン」とよばれ,3次元材料のグラファイトとは異なる新たな優れた電子物性を示すことが知られており,例えば,量子ホール効果(*6)や非常に大きな電子移動度を持つことが示されています。

一方,グラフェンを様々なエレクトロニクスや,光エレクトロニクス等のデバイス材料として利用する場合には,グラフェンに半導体としての特性を持たせる必要があります。しかし,グラフェンを半導体にすることは技術的に難しいため,もともと半導体の特性を持つ3次元材料を2次元化する研究が活発化しています。特に遷移金属ダイカルコゲナイドの二硫化モリブテン(MoS2)や,二硫化タングステン(WS2)などを2次元材化すると,3次元材料では見られなかった優れた機能が発現することが示され,次世代の光エレクトロニクスデバイスに応用できると期待されています。しかし,伝導帯に励起された電子の挙動に関しては,まだ不明な点が多く,様々なデバイスに展開するためにはその光物性を解明することが必要不可欠でした。今回,我々が独自に開発した時間・空間・エネルギー分解光電子顕微鏡を駆使することにより,WS2を光励起したときに生じるホットエレクトロンの超高速緩和過程を解明しました。この知見は,学術的に高い意義を持つのみならず,デバイス応用の観点からも極めて重要な成果であるといえます。

【研究手法】

ポンプ,およびプローブ用の二つのレーザーを同軸で時間・空間・エネルギー分解光電子顕微鏡に導入し(図1(a)),サンプル室にセットした六方晶窒化ホウ素(hBN)の薄膜上に配置した二次元材料のWS2を光励起しました。図1(b)に示すように価電子帯に存在していた電子にポンプレーザーが照射されると伝導帯のエネルギーの高いところに電子が励起されてホットエレクトロンになります。このホトエレクトロンが生成した直後,間髪入れずにプローブレーザーを照射し,WS2の外,すなわち真空中に電子を放出させてその電子の運動エネルギーを測定します。次に,同様に伝導帯にホットエレクトロンを生成させて少しの時間放っておくと,熱を出して伝導帯のエネルギーの低いところへ移動しようとします。伝導帯のエネルギーの底にたどり着く前にプローブレーザーを照射して先ほどと同様に真空中に電子を放出させてその運動エネルギーを測定すると,熱を出してエネルギーを失った分だけ観測される運動エネルギーは小さくなります。このようにプローブパルスを照射するタイミングを少しずつ遅らせてWS2から放出される電子の運動エネルギーを測定し,ホットエレクトロンの超高速緩和過程の測定に成功しました。

【研究成果】

研究手法で示した計測により得られた結果が図1(c)です。この図から明らかなように0ピコ秒から0.27ピコ秒までエネルギーのピークは時間が経つにつれて低い方向へ移動していますが,それ以降,ピークは同じエネルギーとなり変化はありません。これは,ホットエレクトロンが冷却される過程を示しており,約0.3ピコ秒かかってホットエレクトロンは伝導帯のエネルギーの底にたどり着いたことを意味しています。さらに,0.27ピコ秒以降,時間経過に伴って徐々に光電子の強度が弱くなり1ピコ秒程度でゼロに近づきます。これは伝導帯のエネルギーの底に到達した電子が,1ピコ秒程度の時間で消失することを意味しています。WS2を接触される基板をいろいろ変化させたりしてもこの消失時間は変化せず,計測時間が長くなるとこの消失時間が短くなることから,この消失時間は伝導帯電子が欠陥準位に捕捉されるのに要する時間であり,計測のためのレーザー照射時間が長くなると,WS2ないに欠陥が形成されること見出しました。

【今後への期待】

WS2以外の二次元材料においても,WS2と同様な優れた特性を示すこと分かってきており,ここで示した時間・空間・エネルギー分解光電子顕微鏡は,それらの超高速光物性を解明するための有力な手段になると考えられます。また,光照射によって二次元材料内に欠陥が導入されることは,光エレクトロニクス材料の劣化の大きな原因となると考えられ,その抑制のための因子を探索する上でも重要な計測法になると考えられます。

論文情報

論文名 Ultrafast Electron Cooling and Decay in Monolayer WS2 Revealed by Time- and Energy-Resolved Photoemission Electron Microscopy(時間・エネルギー分解光電子顕微鏡による二次元材料・WS2における超高速な電子の冷却と消失)
著者名 Yaolong Li1,2, Wei Liu1,2, Yunkun Wang1,2, Zhaohang Xue1,2, Yu-Chen Leng3, Aiqin Hu1,2, Hong Yang1,2,4, Ping-Heng Tan3, Yunquan Liu1,2,4,5, Hiroaki Misawa6,7, Quan Sun6, Yunan Gao1,2,4,5, Xiaoyong Hu1,2,4,5, and Qihuang Gong1,2,4,5
1State Key Laboratory for Artificial Microstructure and Mesoscopic Physics, School of Physics, Peking University, Beijing 100871, China,2Frontiers Science Center for Nanooptoelectronics & Collaborative Innovation Center of Quantum Matter, Beijing 100871, China,3State Key Laboratory of Superlattices and Microstructures, Institute of Semiconductors, Chinese Academy of Sciences, Beijing 100083, China, 4Collaborative Innovation Center of Extreme Optics, Shanxi University, Taiyuan, Shanxi 030006, China, 5Beijing Academy of Quantum Information Sciences, Beijing 100193, China, 6北海道大学電子科学研究所, 7Center for Emergent Functional Matter Science, National Chiao Tung University, Hsinchu 30010, Taiwan)
雑誌名 Nano Letters(化学の専門誌)
DOI https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.0c00742
公表日 日本時間2020年4月4日(土曜)(米国東部時間2020年4月3日(金曜))(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 特任教授 三澤弘明(みさわひろあき)
TEL 011-706-9358
FAX 011-706-9359
メール misawa(at)es.hokudai.ac.jp
URL http://misawa.es.hokudai.ac.jp

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール kouhou(at)jimu.hokudai.ac.jp

【参考図】



図1.

    a: 時間・空間・エネルギー分解光電子顕微鏡の模式図,b:ホットエレクトロンの超高速緩和過程の測定メカニズム,c: プローブレーザー照射の遅延時間と放出電子の運動エネルギー分布との相関; 図中のpsは遅延時間のピコ秒を表す。

【用語解説】

*1 … 電界効果型トランジスタのことで,ゲート電圧により,ソース・ドレイン間の電流を制御するトランジスタです。

*2 … 半導体の価電子帯と伝導帯とのエネルギー差(バンドギャップ)より大きなエネルギーを持った光を半導体に照射すると,価電子帯に存在する電子が,伝導体へ励起されますが(価電子帯の電子が伝導帯にジャンプする),そのよき,光のエネルギーがバンドギャップより大きいと,伝導帯に励起された電子は余分なエネルギーを持っており,これをホットエレクトロンとよびます。ホットエレクトロンは余分なエネルギーを熱として放出しながら,伝導帯のエネルギーの底に緩和します。

*3 … 1ピコ秒は1兆分の1秒。

*4 … 1ナノメーターは10億分の1メーター。

*5 … バンドギャプ 用語解説*2を参照。

*6 … 二次元材料のような二次元電子系を低温・強磁場に置くと磁気抵抗がゼロになる現象。

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