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研究内容

高導電性酸化還元型レアアースデバイスの開発に成功 —新たな仕組みによる発光色調変換型デバイス開発への貢献に期待—

掲載日:
スマート分子材料研究分野

ポイント

  • レアアース錯体―イオン液体複合発光体を用いたデバイスの開発に成功。
  • 酸化還元電位でレアアースの価数制御に伴う発光能を変調する仕組みを解明。
  • 省レアアース型発光性デバイスの進展に期待。

概要

北海道大学電子科学研究所のキムユナ准教授らの研究グループは,青山学院大学理工学部化学・生命科学科の長谷川美貴教授らの研究グループと共同で,光エネルギー変換特性を示すレアアース*1

(RE)錯体ーイオン液体*2の複合化に成功し,これを用いた酸化還元*3発光応答を示すデバイスを世界に先駆け開発しました。

デバイスを作る時の素材は,電気を効率よく流すことが条件で,キム准教授らはこれまでもイオン液体を用いた分子性電子材料開発で実績を上げていました。一方,今回用いた発光性RE錯体は,螺旋型の有機分子がREイオンに巻き付くような分子構造を持っており,有機分子が紫外線を吸収するとともにそのエネルギーを赤色の発光として変換する光機能を持っています。また,長谷川教授らはこの錯体が一般的な有機溶媒だけでなく,特殊な有機溶媒であるイオン液体中でも分解しないことを証明しており,本共同研究により高流動性・高電気伝導性発光体として今回のデバイスに適用しました。REには,価数が3価の時に赤色の,2価の時に青色の発光を示すユウロピウムを用いています。従来は困難であったユウロピウムの酸化還元応答をデバイスにかける電位の変調で誘導し,1種の発光体が赤色と青色の発光を発現できる可能性を見出したことで,新たな応用展開が期待されます。

なお,本研究成果は,2020年9月15日(火)公開のACS Applied Materials & Interfaces(アメリカ化学会発行)に掲載されました。

新しく開発した酸化還元発光応答を示すデバイスの概略図

【背景】

人工の光は不可欠で日常にあふれる技術です。本研究では,レアアースを電気伝導性の高い媒体と融合することで,新しい仕組みとして発展が期待される発光性デバイスを初めて実現し,さらに,レアアースの科学的な本質を理解する学術的な知見も見出すことができました。

このデバイスの発光は,紫外線を別の波長に変換できるフォトルミネッセンスによる発光で,電極を連結しレアアースの価数変化で発光色を変化させようとする,新たな仕組みによるものです。ここで用いているユウロピウムは自然界ではで3価の金属イオンとして存在し,紫外線を赤色発光に変換します。電位をかけるとユウロピウムの価数は2価になり,青色発光を示すようになりますが,これまでは2価のユウロピウムが極めて不安定ですぐに3価に戻るため,その価数を維持することが課題でした。本研究では,ユウロピウムが紫外線を吸収しやすく壊れにくい分子の中に組み込み,さらに高いイオン電導性・電気伝導性を有するイオン液体と複合化することで課題を克服しました。この分子は,有機分子がユウロピウムに巻き付くように結合しており,分子全体がイオン液体と融合しやすい共通イオンも有しています。流動性が高いことで,発光体の立体的な成型や,薄膜化も容易であることから,新たな表示材料としても期待されます。

さらに,蒸着などによる高密度なレアアースを用いるのではなく,分子の中にレアアースを組み込み媒体に融合させているため,例えば100gのレアアースの原料(ユウロピウム硝酸塩)から約30 kgの発光体を作ることができます。媒体に用いるイオン液体は,通常の有機溶剤よりも粘性はありますが,流動性を有し蒸気圧が極めて低く,蒸発して引火するリスクもほとんどありません。すなわち,使用するレアアースの量が少なく済む上,環境にやさしい媒体を用いることで省資源型の未来型材料としても従来にない素子に位置付けられます。

【研究手法】

本研究は,レアアースを含む分子の合成,イオン液体との融合,素子組み立て,評価の手順で行いました。特筆すべき点は,電気伝導性を有しながら分解しないレアアースの素材を調製し,それを素子内で酸化還元させながら光ファイバで発光をセンシングしスペクトル解釈に至っている点です。素材の設計から観測を経た原理解釈まで行い,目的とするデバイスを作製し評価しました。

用いた発光性レアアース錯体であるユウロピウム錯体([Eu(L)(NO3)2](PF6))*4と電解質として働くイオン液体([BMIM] [PF6])の分子構造を図1に示します。複合発光体は,このユウロピウム錯体をイオン液体に1wt%程度の低濃度で溶解して調製しました。今回作製した複合発光体を含む三電極型発光性デバイスの模式図を図2に示します。この電気化学的に駆動する三電極型デバイスは,一般的な二電極型デバイスに比べて,低電位駆動と,より精密な印加電位の調整を可能となります。デバイスに様々な電圧を加えるとユウロピウム錯体の酸化・還元反応が起こり,価数が3価または2価の錯体の濃度が変化します。印加電位による電流の変化を確認しつつ,それに伴う蛍光スペクトル変化などの発光特性を同時間で計測する仕組みを適用しました。

【研究成果】

図3(a)に紫外線を照射しながらデバイスへの印加電位を変調させた際の蛍光スペクトルの変化の様子を示します。電位印加前はユウロピウム錯体が3価で強く発光しますが,これにマイナス電位を加えるとユウロピウムイオンの価数が3価から2価へ還元されて,赤色発光の強度が大幅に弱くなります。さらに,プラス電位を加えると酸化反応が起こって価数が2価から3価へ戻り,蛍光スペクトルが正常に復元されます。このデバイスは,印加電位による精密な発光強度制御性を±2 V以内の電位窓で可逆的に達成されます。最大の発光強度変化を有する616nmの波長にて最適なスイッチング電位の+ 2.0 V及び-1.8 Vで蛍光スイッチング特性を計測した結果を図3(b)に示します。蛍光スイッチングの様子は,図4(b)の初期状態(0V, 3価イオン)から,(c)の赤色蛍光がほぼ見えないOFFになる還元状態 (-1.8 V, 2価イオン),(d)の赤色蛍光がONに戻る酸化状態 (+2.0 V, 3価イオン)を目視で観察できます。実際の発光強度のコントラストは,(a)(i) ON/OFFスイッチする部分と (ii) いつも“ON” になっている部分があるため発光強度を比較できます。平均応答時間は,蛍光のOFF及びONプロセスでそれぞれ7秒及び2秒のため,粘性が高いイオン液体にもかかわらず,非常に高速応答性を示します。 さらに,100回の電場変調の繰り返しの後でも,デバイスは一貫して発光コントラストと安定した可逆応答を示し,優れた光電気特性と耐久性を有することが確認されました。

【今後への期待】

発光体は照明や表示材料としての利用を目的に,多くの化合物やデバイスがすでに実用化されていいます。今回の材料の特徴は,レアアース錯体をイオン液体と比較的容易に複合化することで,従来のレアアースの科学的な本質を利用し,酸化還元電位による電子の授受を発光色の出力に変えられた点にあります。他のレアアース,例えばテルビウムについては緑色のフォトルミネッセンスを発することがわかっています。それらを用いたRGB発光の発現は,2種の発光体(ユウロピウムとテルビウム)のみを極低濃度で調製することで実現できる可能性があり,省レアアース型表示材料としての新たな仕組みを構築する萌芽的研究に位置付けられます。

なお,本研究は,文部科学省・科学研究費補助金 若手研究,新学術領域研究「ソフトクリスタル」及び基盤研究(C),公益財団法人マツダ財団研究助成などのサポートを受けて実施されました。

論文情報

論文名 Electrofluorochromic Device Based on a Redox-Active Europium (III) Complex(レドックス応答性を有するユウロピウム複合体を適用した電場応答型発光色変調デバイスの開発)
著者名 キムユナ1,大曲仁美2,佐相 輝2,玉置信之1,長谷川美貴21北海道大学電子科学研究所,2青山学院大学理工学部化学・生命科学科)
雑誌名 ACS Applied Materials & Interfaces(アメリカ化学会の専門誌)
DOI 10.1021/acsami.0c13765
公表日 2020年9月15日(火)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 准教授 キムユナ(きむゆな)
TEL 011-706-9350
FAX 011-706-9357
メール ykim(at)es.hokudai.ac.jp
URL http://tamaoki.es.hokudai.ac.jp/
青山学院大学理工学部化学・生命科学科 教授 長谷川美貴(はせがわみき)
TEL 042-759-6221
FAX 042-759-6221
メール hasemiki(at)chem.aoyama.ac.jp
URL http://www.chem.aoyama.ac.jp/Chem/ChemHP/inorg2/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
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【用語解説】

*1 レアアース … 15種の元素(元素記号La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu)の総称。永久磁石や発光体あるいはコンデンサーなどに用いられる。

*2 イオン液体 … 芳香族のような性質を有する正の電荷を帯びた化学種と負の電荷を帯びた化学種により成り立つ。蒸気圧がほとんどない,難燃性で熱安定性や電気化学的安定性が高い,イオン電導性・電気伝導性が高い,幅広い温度領域で液体状態であるといった特徴を有する。

*3 酸化還元 … 電気的に原子の中の電子の数(原子価)を変えること。酸化は価数が正の方向に増大することで,還元は原子価が小さくなること。

*4 [Eu(L)(NO3)2](PF6) … 2個のビピリジンを2個のエチレンジアミンで架橋した有機化合物。紫外線の吸収効率が高く,ユウロピウムにエネルギー移動させユウロピウム発光を増強する分子設計が施されている。長谷川教授らが2014年に開発。

【参考図】




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