ポイント
- 角化異常の病態を計算機上に再現することを可能とする表皮モデルの構築に成功。
- 角層バリア機能の恒常性維持メカニズムを理論的に解明。
- 医学・生命科学と協働した皮膚科学の理論研究の進展に期待。
概要
北海道大学電子科学研究所の長山雅晴教授,小林康明准教授,中央大学理工学部の大野航太助教らの研究グループは,真皮の変形を考慮した 3 次元表皮構造を計算機上に再現する数理モデルの構築に成功しました(図1)。
皮膚の持つバリア機能は,表皮細胞が規則的に積み重なった表皮構造*1に起因し,特に角層バリア機能*2は,基底層から供給される表皮細胞が継続的に角質細胞へと分化することで動的に維持されています。この表皮の恒常性維持*3は様々な皮膚疾患によって破壊されることがあり,その影響は多くの場合に表皮だけでなく,真皮の形態変化を伴います。また老化による真皮の形態変化が表皮構造に影響を与えることも知られています。そこで表皮構造に真皮の形態がどのように影響するかを数理モデルにより予測することを試みました。同研究グループの構築した数理モデルは,安定した表皮の層構造を作り出すことができます。また,その表皮の恒常性維持は基底層からの細胞供給量に依存することを示しました。さらに,真皮の形態変化をモデル化することで,真皮の硬さが表皮構造や角層バリア機能にどのように影響するかを調べることができました。その結果,真皮を硬くすると表皮が薄くなり,角層バリア機能が低下することがわかりました。
さらに「魚の目(ウオノメ)」として知られている病態の形成を計算機上で再現できることを示しました。また,ヒトのウオノメの病理検体データを解析した結果は,数理モデル上の仮定とシミュレーション結果を支持していることがわかりました。このことから数理モデルは,真皮の構造変化を伴う様々な皮膚疾患のシミュレーションへの応用が期待されます。
なお,本研究成果は, 2021年6月24日(木)公開の Scientific Reports 誌にオンライン掲載されました。
【背景】
皮膚は,水分の損失を防ぎ,様々な外部病原体や刺激から私たちを守る極めて重要な器官です。皮膚の最も外側にあるのが表皮で,幹細胞のある基底層から外側に向かって有棘層,顆粒層,角層が積み重なった層構造を形成します。この層構造は,基底層から上層に細胞を供給し続けることで恒常的に維持されています。
皮膚の一番外側にある角層は,平らで規則的に積み重なった角質細胞とその間を埋める脂質から構成されており,その組織的な構造が表皮のバリア機能を担っています。そのため表皮の恒常性維持とそのバリア機能を理解するためには,組織化された層構造がどのように維持されているかを解明する必要があります。表皮の恒常性は様々な皮膚疾患によって破壊されますが,その際に表皮だけでなく,真皮の形態にも疾患の影響が生じます。また老化によって真皮の形態に変化が生じますが,それが表皮構造に影響を与えることも示唆されています。こうした表皮構造と真皮形状の相互作用を考慮することがバリア機能の恒常性を理解するためには重要になると考えられます。
数理モデルを用いた理論研究は,実験的に調べることが困難な生命現象を調べるために使われており,皮膚モデル以外にも多くの有用な研究成果が得られています。この研究についても表皮の恒常性維持のメカニズムを調べるための貴重なツールとなっています。
【研究手法】
研究グループは,表皮細胞の分裂・分化と真皮の形態変化を同時にシミュレーションする数理モデルを開発しました。このモデルによって,基底層での細胞分裂による真皮の変形と,変形した真皮上で形成される表皮構造が相互作用する様子を調べることができるようになりました。幹細胞数と細胞分裂の頻度,そして真皮の硬さを変えて数値シミュレーションを行うことで,表皮の恒常性に細胞供給量と真皮の硬さがどのように影響するかを調べました。
また,爆発的な細胞の増殖と急速な分化を起こす異常な幹細胞を数理モデルに導入して数値シミュレーションを行い,表皮構造と真皮形状にどのような異常が生じるかを調べました。
【研究成果】
数値シミュレーションにより,数理モデルが組織化された層構造(有棘層,顆粒層,角質層)を持つ安定した表皮を作り出せることを実証しました(図1(a, d), (b, e))。広範な数値解析の結果,層構造を安定に保つことは,基底層からの細胞の供給速度に依存することが明らかになりました。
さらに,真皮の硬さを制御することによって,真皮の硬化が表皮の恒常性維持にどのような影響を与えるかを示しました。その結果,真皮が硬くなることによって,表皮全体が薄くなり,角層バリア機能が低下することを明らかにしました(図 1(c),(f))。
最後に,同研究グループのモデルが「ウオノメ」のような,表皮と真皮の両方に形態的変化をもたらす皮膚疾患のシミュレーションに使用できることを示しました(図 2)。ウオノメの病理検体データを解析した結果は,ウオノメをつくるためにモデルに与えた仮説を支持することがわかりました。
【今後への期待】
この研究で提案した数理モデルは,形態変化をもたらす皮膚疾患の病態を再現することが可能であることがわかりました。シミュレーションによって病態を再現することができれば,その仮定の中に病態を発症する要因が含まれている可能性があり,臨床皮膚科医と協働することでコンピュータシミュレーションを補助的に用いた皮膚疾患治療への道が開かれるかもしれません。
今後,患者データをパラメータとして取り入れることで,皮膚疾患のテーラーメード治療提供の可能性もあり,社会に還元できる数理科学研究の進展が見込まれます。
【謝辞】
この研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」研究領域(研究総括:坪井俊)における研究課題「数理モデリングを基盤とした数理皮膚科学の創設」(研究代表者:長山雅晴、課題番号:JPMJCR15D2),マルホ・高木皮膚科学振興財団,武田科学振興財団の支援を受けて行われました。
論文情報
論文名 | A computational model of the epidermis with the deformable dermis and its application to skin diseases(真皮変形する表皮数理モデルとその皮膚疾患への応用) |
著者名 | Kota Ohno1,Yasuaki Kobayashi2,Masaaki Uesaka3,Takeshi Gotoda4, Mitsuhiro Denda5(当時), Hideyuki Kosumi6, Mika Watanabe6,Ken Natsuga6,Masaharu Nagayama2(1 中央大学理工学部ビジネスデータサイエンス学科,2 北海道大学電子科学研究所附属社会創造数学研究センター,3東京大学大学院数理科学研究科,4名古屋大学大学院多元数理科学研究科,5株式会社資生堂グローバルイノベーションセンター,6北海道大学大学院医学研究院) |
雑誌名 | Scientific Reports |
DOI | 10.1038/s41598-021-92540-1 |
公表日 | 2021年6月24日(木)(オンライン公開) |
お問い合わせ先
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- 北海道大学電子科学研究所 教授 長山雅晴(ながやままさはる)
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- メール nagayama[at]es.hokudai.ac.jp
- URL http://www-mmc.es.hokudai.ac.jp/
- 中央大学理工学部ビジネスデータサイエンス学科 助教 大野航太(おおのこうた)
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【参考図】
【用語解説】
*1 表皮構造 … 基底層の表皮細胞が有棘細胞,顆粒細胞,角質細胞へと順に分化し,基底層の上に有棘層,顆粒層,角層の層構造を形成する。
*2 角層バリア機能 … 生命を維持するための皮膚の持つ重要な機能の1つであり,この機能が破綻すると様々な皮膚疾患を起こす。
*3 恒常性維持 … 時々刻々と変化しながらも機能を維持し続けていること。