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研究内容

対称なナノ構造に生じるキラルな光の発現原理を解明 — 最先端の光電子顕微鏡を用いて生命の起源の謎に迫る! —

掲載日:
エキゾティック反応場研究分野

ポイント

  • 対称な金ナノ長方形に円偏光照射によって発現する光の空間分布を光電子顕微鏡により観測。
  • 対称ナノ構造に誘導されるキラルな光の空間分布が,プラズモンモード間の干渉によることを解明。
  • 円偏光照射により光化学反応を空間選択的に誘起する新たな光反応場創製への応用に期待。

概要

北海道大学電子科学研究所の押切友也特任准教授,笹木敬司教授,三澤弘明特任教授らの研究グル ープは,対称性を有するナノ構造に発現するキラルな光学現象の原理を明らかにしました。

局在表面プラズモン共鳴*1 を示す金のナノ長方形構造に円偏光を照射した際にナノ空間に閉じ込められる光の空間分布を,光電子顕微鏡を用いて観測しました(ナノ=nm は 1mの 10 億分の 1)。長方形のような対称な構造でも,円偏光を照射することで閉じ込められる光の空間分布は平面内でキラリティー(その構造の鏡像と重ね合わせることのできない性質)を示すことが最近の研究によって知られていましたが,今回,最先端の光電子顕微鏡を用いたナノ構造上の光の精密な空間分布の分析と,古典的な力学モデルを組み合わせることによって,その要因がプラズモン同士の「干渉」に由来することを初めて明らかにしました。

生命を構成するアミノ酸や糖は片方の鏡像異性体しかなく,これは生命の起源に関わる大きな謎とされています。今回,構造自身がキラリティーを持たなくても,光によってナノ空間にキラリティーを発現可能であることをモデル化し,系統的に示すことに成功したことから,本成果は生命の起源に迫るだけでなく,入射する光によってナノ構造上に発現する光を空間的に制御可能な新たな光反応場への応用が期待されます。

なお,本研究成果は, 2021 年 9 月 28 日(火)公開の ACS Nano 誌にオンライン掲載されました。

左右円偏光を照射したときに,金ナノ長方形構造に閉じ込められる光の空間分布。 偏光方向によってナノ空間の光の分布が反転しており,互いに鏡像関係にあることがわかる。

【背景】

キラリティーを持つ金属ナノ構造は,分子と比べて円偏光と強く相互作用し,金属構造自身にキラリティーが存在しない場合でも,円偏光照射時に閉じ込められる光(近接場)の空間分布がキラリティーを示すことが知られていました。しかし,この現象を系統的に理解するためには,円偏光照射下での近接場の空間分布やスペクトルを精密に計測することが不可欠でした。

【研究手法】

本研究では導電性ガラス基板上に短辺 160 nm,長辺 160~560 nm の金ナノ長方形構造を作製しました。最先端の光電子顕微鏡を用いて,円偏光をこれらの構造に照射した際の近接場の空間分布やそのスペクトルを計測しました。光電子顕微鏡は光照射に伴う光電効果によって放出された光電子を観測する顕微鏡ですが,金の仕事関数よりもエネルギーの小さな可視・近赤外光レーザーを励起光源として用いることでプラズモンの近接場で選択的に起こる多光子励起に由来する光電子を観察することができます。

【研究成果】

左円偏光照射時の近接場の電場増強に基づく光電子放出強度の空間分布は,長方形の 1 対の対角で強く,もう 1 対では弱い非対称な形状を示しました(図 1 上段)。さらに,右円偏光照射時にはその光電子像は左円偏光照射時と鏡像対称となり,お互いに 2 次元キラルな関係にあることがわました。本研究では,この非対称な光電子像分布が,金ナノ長方形構造の長軸方向と短軸方向にそれぞれ発生するプラズモン同士の干渉であるという仮説に基づくモデルを提唱しました。このモデルにより,長辺の長さの異なる様々な金ナノ長方形構造に円偏光照射によって発生する近接場の空間分布を説明可能であることがわました。さらに,モデルに従い長軸・短軸のプラズモンモードから再構築したスペクトルは円偏光照射時に実験的に得られたものと一致しました(図 1 下段)。

【今後への期待】

本成果により,ナノ構造自身がキラリティーを持たなくても,光によってナノ空間にキラリティーを発現可能であることをモデル化し,系統的に理解することに成功しました。本成果は生命の起源に迫るだけでなく,外部から入射する光のキラリティーによってナノ構造の近接場を空間選択的に発生可能であることを示しており,光化学反応を空間選択的に制御する新しい光反応場への展開が期待されます。

【謝辞】

本研究は,科学研究費補助金(特別推進研究)JP18H05205,(基盤研究(C))18K05053 の助成を受けて行われました。

論文情報

論文名
Extrinsic Chirality by Interference between Two Plasmonic Modes on an Achiral Rectangular Nanostructure(アキラルな長方形構造におけるプラズモニックモード間干渉に基づく外因性キラリティー)
著者名
押切友也1,Quan Sun1,山田拓樹1,Shuai Zu1,笹木敬司1,三澤弘明1,21北海道大学電子科学研究所,2台湾国立陽明交通大学新世代功能性物質研究中心)
雑誌名
ACS Nano
DOI
10.1021/acsnano.1c07137
公表日
2021年9月28日(火)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 特任教授 三澤弘明(みさわひろあき)
TEL 011-706-9358
FAX 011-706-9359
メール misawa[at]es.hokudai.ac.jp
URL http://misawa.es.hokudai.ac.jp/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1.左右円偏光照射時の近接場の電場増強に基づく光電子放出強度の空間分布(上段)とその差スペクトル(下段)。上段黄色点線はナノ構造の位置を表す。下段の光電子強度差分はオレンジが円偏光照射時に実際に得られたスペクトルで,最大値を 1 で規格化している。緑色のスペクトルは今回報告したモデルを用いて再構築した計算値。

【用語解説】

*1 局在プラズモン共鳴 … 入射光の特定の波長と,金属ナノ粒子中の電子の集団振動との共鳴現象のこと。共鳴波長は粒子のサイズや形状,材質等により制御可能である。

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