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研究内容

カイラルアノマリー公式の拡張 — Type-IIワイル半金属への適用に成功 —

掲載日:
ナノ構造物性研究分野

ポイント

  • カイラルアノマリー公式の拡張に成功。
  • Type-IIワイル半金属における正と負の縦磁気抵抗効果の発生メカニズムを解明。
  • ワイル半金属を用いたスピントロニクスデバイスの実現に貢献。

概要

北海道大学電子科学研究所の近藤憲治准教授らの研究グループは,ワイルコーンの傾きを考慮したモデルハミルトニアンを用いることでカイラルアノマリー公式を拡張することに成功しました。

ワイル半金属*1はワイルコーン*2と呼ばれる線形のエネルギー分散を持ちます。このワイルコーンの傾きの強度に応じてワイル半金属はType-IとType-IIの二種類に分類されます。また,ワイルコーン周辺の電子はカイラリティ*3を持ちますが,通常では電荷が保存されるように,ワイル半金属内部で保存されています。しかしながら外部から磁場と電場の両方を印加することで,保存しなくなるカイラルアノマリーが生じ,それに起因してType-Iワイル半金属は負の縦磁気抵抗効果*4を示すことがよく知られています。さらに,近年,Type-IIワイル半金属が負のみならず正の縦磁気抵抗効果を示すことが明らかになりました。

Type-Iワイル半金属における負の縦磁気抵抗効果発現のメカニズムは,ワイルコーンの傾きを考慮していない従来のニールセン氏と二宮氏が提案したカイラルアノマリー公式で説明されてきました。しかしながら,Type-IIワイル半金属が示す正と負の縦磁気抵抗効果は,Type-IIワイル半金属におけるワイルコーンが傾いているため,従来の公式を用いて説明することは不可能でした。

この問題を解決するため,本研究グループは,二つのワイルコーンを持ち,その傾きを考慮したモデルハミルトニアンを用いることで従来のカイラルアノマリー公式の拡張に取り組みました。具体的には,二つのワイルコーンが同じ方向に傾く場合と互いに向き合うまたは互いに反るように傾く場合の二通りを考え,結果として,それぞれの場合に対応するカイラルアノマリー公式の導出に成功しました。

今回の発見はワイル半金属におけるワイルコーンの傾く方向や傾きの強度から正と負のどちらの縦磁気抵抗効果を示すか見積もることができることを意味しており,将来,ワイル半金属を磁気センサやスイッチングデバイスへ応用する際の手助けとなることが期待されます。本研究成果は,2021年9月29日(水)公開のApplied Physics Letters紙にオンライン掲載されました。

【背景】

ワイル半金属は通常の絶縁体とトポロジカル絶縁体*5のクリティカルポイントであるトポロジカル半金属の一つであり(図1),ワイルコーンと呼ばれる線形のエネルギー分散を持ちます。ディラック半金属*6において時間反転対称性*7または空間反転対称性*8が破れることで実現します。また,ワイルコーンの傾きの強度に応じて,ワイル半金属はType-IとType-IIの二種類に分類されます(図2)。ワイルコーンの閉じている部分をワイルノードと呼び,ワイルノード周辺の電子はカイラリティという物理量を持ちます。通常だと,ワイル半金属全体のカイラリティは保存されているのですが,外部から磁場と電場の両方を印加することで保存しなくなります。この現象がカイラルアノマリーです。このカイラルアノマリーに起因してType-Iワイル半金属は負の縦磁気抵抗効果を示すことがよく知られており,スイッチングデバイスや磁気センサへの応用が期待されています。また,Type-Iワイル半金属における負の縦磁気抵抗効果が生じるメカニズムはワイルコーンの傾きを考慮していない従来のカイラルアノマリー公式を用いて説明されてきました。そして,近年Type-IIワイル半金属がカイラルアノマリーに起因して正と負の縦磁気抵抗効果を示すことが明らかになりました。このメカニズムをType-Iワイル半金属と同様に説明しようと試みましたが叶いませんでした。その原因が,実は従来の公式がワイルコーンの傾きが考慮されていない不完全なものであるためだと発見しました。

【研究手法】

この問題を解決するため,北海道大学電子科学研究所の近藤憲治准教授らの研究グループはワイルコーンの傾きを考慮したモデルハミルトニアンを用いることで従来の公式の拡張に取り組みました。

本研究ではワイルコーンが二つ存在し,それらのワイルコーンが同じ方向に傾く場合(Positive tilt chirality)と互いに向き合うまたは互いに反れるように傾く場合(Negative tilt chirality)の二通りを考えました。

【研究成果】

結果として我々は図3が示す拡張したカイラルアノマリー公式の導出に成功しました。vdiffとvsumはそれぞれ二つのワイルコーンの傾きの強度の差と和を意味し,これらを含む項がワイルコーンの傾きによる補正の役割を果たします。また,本研究で導出した公式を用いてPositive tilt chiralityの場合とNegative tilt chiralityの場合の縦磁気抵抗効果(図4)のメカニズムの説明をすることで,これらの公式の有用性と有効性を示しました。

【今後への期待】

今回の発見は,ワイル半金属中のワイルコーンの傾く方向や傾きの強度などの情報から,正と負のどちらの縦磁気抵抗効果を示すかを見積もることができることを示唆しています。この理論によるとType-IIワイル半金属は磁場の方向に応じて正または負の縦磁気抵抗効果を示すことが予想され,磁場の強度のみならず磁場の方向まで測定可能な磁気センサへの応用が期待されています。将来,その応用の際には我々の拡張したカイラルアノマリーの公式が良い指標になると考えています。

【謝辞】

本研究は日本学術振興会・科学研究費補助金(助成番号:JP16K04872, JP20H02174),東北大学スピントロニクス研学術連携研究教育センター及び人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスの支援を受けています。

論文情報

論文名 General formula of chiral anomaly for type-I and type-II Weyl semimetals(Type-I及びType-IIワイル半金属におけるカイラルアノマリーの一般公式)
著者名 森島 一輝1,近藤 憲治1,21北海道大学大学院理学院物性物理学専攻,2北海道大学電子科学研究所)
雑誌名 Applied Physics Letters(応用物理学の専門誌)
DOI 10.1063/5.0059547
公表日 2021年9月29日(月)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 准教授 近藤憲治(こんどうけんじ)
TEL 011-706-9424
FAX 011-706-9427
メール kkondo[at]es.hokudai.ac.jp

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1.物資のパラメータとバンド構造の関係。物質のパラメーター(主にスピン軌道相互作用の強度)が変化することで伝導帯と価電子帯がバンド反転を起こし、通常の絶縁体はトポロジカル半金属やトポロジカル絶縁体になる。
図2.(a)Type-Iワイル半金属と(b)Positive tilt chiralityの場合のType-IIワイル半金属,そして(c)Negative tilt chiralityの場合のType-IIワイル半金属の電子構造。Type-IIワイル半金属はワイルコーンが傾くため,電子ポケットとホールポケットを持つ。
図3.ワイルコーンの傾きを考慮したカイラルアノマリー公式。ワイルコーンが同じ方向に傾く場合(Positive tilt chirality)と互いに向き合うまたは反れるように傾く場合(Negative tilt chirality)のカイラルアノマリー公式をそれぞれ表す。ここで、vdiffとvsumはそれぞれ二つのワイルコーンの傾きの強度の差と和を意味し、これらの項がワイルコーンの傾きを考慮することで新たに加わった修正項である。
図4.(a) Positive tilt chiralityの場合と(b) Negative tilt chiralityの場合の縦磁気抵抗比の磁場依存性。

【用語解説】

*1 ワイル半金属 … 時間反転対称性又は空間反転対称性のいずれかが破れることで縮退の解かれた線形な電子バンドが出現し,点接触した電子構造を持つ物質。接点はワイル点と呼ばれる。

*2 ワイルコーン … ワイル半金属において観測される波数の変化に対してエネルギーが線形に応答する関係性のこと。この線形な関係性はニュートリノや光のような質量を持たない粒子特有のものである。従って,ワイル半金属中の電子は質量のないワイル電子になっている。

*3 カイラリティ … 抽象的な量であるが,粒子の質量がゼロである場合には,ヘリシティ―と一致する。ヘリシィティーは,運動方向に対するスピンの射影で定義される物理量のことであり,それらが平行な場合は右巻き,反平行な場合は左巻きと呼ばれる。

*4 磁気抵抗効果 … 外部から磁場を印加することで電気抵抗が増加または減少する現象のこと。すなわち負の縦磁気抵抗効果とは,外部から磁場を印加することで電気抵抗が減少することを指す。

*5 トポロジカル絶縁体 … 物質の内部は絶縁体の性質を示すのに対し,通常の絶縁体とは異なり表面は金属の性質を示す物質のことであり,その性質が時間反転対称性により保護された物質。

*6 ディラック半金属 … ディラック半金属は,ディラック電子が電気的な性質を決める物質である。ディラック電子とは、相対論的量子力学の基本方程式であるディラック方程式に従って運動する電子のこと。ワイル半金属とは違い,ディラック点で4重に縮退している。

*7 時間反転対称性 … ある事象が時間の流れを逆向きにしたとしても不変なこと。

*8 空間反転対称性 … ある事象について3次元空間における位置座標を示すベクトルを,大きさは変えずに符号のみを変えても不変なこと。

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