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研究内容

電気スイッチ一つで絶縁体を高温超伝導体に! — 電解液を使わない全固体超伝導素子の開発に大きな前進 —

掲載日:
薄膜機能材料研究分野

ポイント

  • 電気スイッチ一つで絶縁体と超伝導体の繰り返し切り替えに成功。
  • 電解液を使わない全固体素子で,液漏れの心配がない安全設計。
  • 超伝導体を使った新しいデバイス応用の可能性を切り開く成果。

概要

北海道大学電子科学研究所の張 習博士研究員と太田裕道教授らの研究グループは,電気スイッチ一つで絶縁体を超伝導体に繰り返し切り替えることに成功しました。

高温超伝導体として知られるイットリウム・バリウム・銅複合酸化物*1の導電性は,絶縁体から超伝導体まで,酸素含有量によって大きく変化することが知られています。近年,絶縁体と超伝導体を切替える方法として,電気的に酸素含有量を調節する方法が提案されました。しかし,電解液を用いることから,液漏れしないよう素子を密閉しなければならないという応用上の問題がありました。

そこで本研究では,空気中で,固体電解質*2を利用して電気的に酸素含有量を変化させました。その結果,絶縁体から高温超伝導体まで,繰り返し切り替えることに成功しました。電解液を使わないことから,液体が漏れる心配もなく,真に応用に適した方法です。高温超伝導体を使った新しいデバイスへの応用が期待されます。

なお,本研究成果は,2021年11月4日(木)公開のACS Applied Materials & Interfaces誌に掲載されました。

液体を用いず,電気スイッチ一つで絶縁体を高温超伝導体にすることができるデバイスの仕組み。空気中,300℃で,デバイスに-10ボルトを印加すると酸素欠陥δが減少して高温超伝導体に,逆に+10ボルトを印加するとδが増加して絶縁体になる。

【背景】

イットリウム・バリウム・銅複合酸化物YBa2Cu3O7−δ (0 ≤ δ ≤ 1)(以下,YBCO)の超伝導転移温度Tcは,酸素欠損量δに強く依存することが知られています。δ = 0の場合,Tcは約92 ケルビン(摂氏-181℃)であり,Tc以下では電気抵抗がゼロになります。一方,δ ≤ 0.6の場合,YBCOは超伝導転移を示さなくなり,δ = 1に近づくにつれて絶縁体になります。したがって,酸素欠損量δを変化させることにより超伝導体-絶縁体を切り替える新しいデバイスの実現につながります。これまでに様々な酸素欠損量δを調節する方法が提案されてきましたが,すべて応用上の問題がありました。例えば,δの電気化学的変調はデバイス応用に最も適していますが,液体 [イオン液体または電解液。例:M. Perez-Muñozら,Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114,215-220 (2017)] を使用した場合,液漏れの問題を回避するために,デバイスを密閉しなければならないという問題がありました。

【研究手法】

研究グループは,イオン液体や電解液の代わりに,固体電解質であるイットリア安定化ジルコニア(YSZ)を基板として,その上にYBCO薄膜を作製し,空気中,300℃に加熱して,その両端に電圧を印加することで,電気化学的にYBCO薄膜中の酸素欠損量δを変化させました(図1)。

【研究成果】

絶縁体を超伝導体にする場合には-10ボルトを印加,超伝導体を絶縁体にする場合には+10ボルトを印加しました。保持時間を調節することにより酸素欠陥量δを制御しました。その結果,酸素欠損量δは,0.069から0.87まで変化させることができました。δが0.28 → 0.098 → 0.071 → 0.069と減少するにしたがって超伝導転移温度Tcが上昇することがわかります(図2)。一方,δが0.64,0.72,0.86,0.87では超伝導転移が起こらず,δ= 0.87になると温度低下に伴って電気抵抗が増加する絶縁体の挙動を示すようになることがわかりました。なお,この絶縁体⇔高温超伝導体切替えは繰り返し行うことが可能です。

【今後への期待】

電気スイッチ一つで,液体を一切用いることなく,絶縁体から高温超伝導体に繰り返し切り替えることを利用した新しいデバイスへの応用が期待されます。

【謝辞】

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業・新学術領域研究(研究領域提案型)「機能コアの材料科学」(領域代表:松永克志 名古屋大学・教授)における計画研究「界面制御による高機能薄膜材料創製(課題番号 19H05791)」及び「界面機能コア解析(課題番号 19H05788)」,特別研究員DC2(課題番号2010147550,課題番号21J10042),イノベーション創出ダイナミック・アライアンス,物質・デバイス領域共同研究拠点の助成を受けた成果です。本研究の一部は,文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム・東京大学微細構造解析プラットフォーム(課題番号JPMXP09A21UT0161)の支援を受けて行われました。

論文情報

論文名
Solid-State Electrochemical Switch of Superconductor-Metal-Insulators(超伝導-金属-絶縁体の固体電気化学スイッチ)
著者名
張 習1,キムゴウン2,楊 倩2,魏 家科3,馮 斌3,幾原雄一3,太田裕道11北海道大学電子科学研究所,2北海道大学大学院情報科学院,3東京大学大学院工学系研究科)
雑誌名
ACS Applied Materials & Interfaces(米・材料科学の専門誌)
DOI
10.1021/acsami.1c17014
公表日
日本時間2021年11月4日(木)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学 電子科学研究所 博士研究員 張 習(じゃん しぃ)
TEL 011-706-9433
FAX 011-706-9432
メール zhangxielle[at]gmail.com
北海道大学 電子科学研究所 教授 太田裕道(おおたひろみち)
TEL 011-706-9428
FAX 011-706-9428
メール hiromichi.ohta[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://functfilm.es.hokudai.ac.jp/

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1.YBCO薄膜の導電性を電気スイッチ一つで絶縁体⇔高温超伝導体に繰り返し切替える方法

  • (左)絶縁体を高温超伝導体にする場合。空気中,300℃で,-10ボルトの電圧を印加することで,YBCO薄膜を固体電気化学的に酸化する。具体的には,空気中の酸素O2が銀電極で電子を受け取ってO2−イオンになり,固体電解質YSZ中を下に進み,YBCO層の酸素欠陥を補償する。
  • (右)高温超伝導体を絶縁体にする場合。空気中,300℃で,+10ボルトの電圧を印加することで,YBCO薄膜を固体電気化学的に還元する。具体的には,YBCO層のO2−イオンが正の電圧に引っ張られ,固体電解質YSZ中を上に進み,銀電極で電子を離して,酸素O2となって空気中に放出される。
図2.電気スイッチ一つで酸素欠損量δを変化させたYBCO薄膜の抵抗率の温度変化。絶縁体から超伝導体まで切替えられていることが分かる。

【用語解説】

*1 イットリウム・バリウム・銅複合酸化物 … 化学組成はYBa2Cu3O7−δ (0 ≤ δ ≤ 1)。しばしばYBCOと略される。銅酸化物高温超伝導体として有名。酸素欠陥δが0のときは,約92ケルビンで超伝導状態に転移し,電気抵抗がゼロになる。逆に,酸素欠陥δが1のときは絶縁体となる。

*2 固体電解質 … 電圧を印加するとイオンが動くことで導電性を示す物質のこと。本研究で用いたイットリア安定化ジルコニア(YSZ)の場合,300℃以上の温度になると酸化物イオン(02−)が動き,導電性を示すようになる。

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