ページトップへ戻る
研究内容

匂いを感じられないゴキブリ? — ゴキブリが匂いを感じる仕組みを解明し、匂いを感じられないゴキブリを作成 —

掲載日:
人間数理研究分野

2022年5月24日(火)

福岡大学 理学部地球圏科学科
北海道大学 大学院理学研究院
北海道大学 電子科学研究所
総合研究大学院大学 先導科学研究科/統合進化科学研究センター

概要

福岡大学大学院理学研究科の立石康介さん(2021 年度博士課程卒業)と福岡大学理学部地球圏科学科の渡邉英博助教を中心とする研究チームは、衛生害虫であるワモンゴキブリの匂い受容機構を解明し、匂い受容の核となる匂い受容体の発現を分子生物学的手法により操作することで、匂いを感じられないゴキブリを作成しました。

この研究成果は、2022 年4 月20 日に科学雑誌『iScience』オンライン版に掲載されました。

衛生害虫であり、不快害虫であるワモンゴキブリは匂いに対して鋭敏な行動を示します。しかしながら、ワモンゴキブリがどのように外界の匂い分子を受容しているかはわかっていませんでした。2004 年度にノーベル賞を受賞した、Axel 博士とBuck 博士の研究により、動物は嗅感覚細胞上に分布する多様な匂い受容体により、匂い分子を受容することわかっています。昆虫では主に、OR(Odorant Receptor)型と IR(Ionotropic Receptor)型の二種類のグループの匂い受容体があり、特に、OR 型の匂い受容体は匂い分子と結合する多様な匂い受容体(Odorant Receptor X:OR-X)とその共受容体(Odorant Receptor co-receptor: ORco)の複合体によって外界の匂い分子を受容していることが知られています。OR-X タンパクは各昆虫種で多様に存在し、多様な匂い分子の受容を可能にしますが、それと複合体を形成する ORco タンパクは各昆虫種で 1 種類しか存在しません(図 1)。そのため、理論的にはこの ORco タンパクを壊すことにより、OR 型受容体を介した幅広い匂い受容を阻害することができるのです。

福岡大学地球圏科学科の渡邉英博助教を中心とする、福岡大学、北海道大学、総合研究大学院大学の共同研究チームは、ワモンゴキブリのゲノム情報から、ORco 遺伝子を探し当て、その遺伝子の発現をRNA 干渉法という技術を用いて阻害することで、OR 型受容体を介した匂い受容ができなくなるゴキブリを作成しました(図 1)。この、OR 型受容体の発現阻害をおこなったゴキブリを用いて、嗅感覚細胞の神経応答を記録すると、ORco の発現阻害個体ではアルコールやテルペン、エステルといった匂い物質や、ゴキブリの繁殖行動に必要な性フェロモンを感じることができなくなっていることがわかりました。実際に、ORco の発現阻害個体ではゴキブリの性行動の活性も大きく低下しました。

今回の研究で、世界で初めてゴキブリの匂いを感じる仕組みが明らかになりました。この、匂いを感じる仕組みを利用することにより、より効果的なゴキブリ誘引剤の開発や、ゴキブリの匂いを感じる能力を模したセンサーの開発につながると考えています。また、特定の遺伝子の発現機構を標的にする RNA 干渉法はゴキブリで非常に有効であることも明らかになりました。今までの殺虫剤や粘着トラップを用いたゴキブリの駆除方法はゴキブリ以外の昆虫にも有害であり、場合によっては環境負荷が高くなります。今回の研究は害虫となるゴキブリのみを標的とした、新たな駆除手段を生み出す手がかりともなることでしょう。

ついては、本研究成果についての取材をお願いします。取材をご希望の際は、以下のお問い合わせ先までご連絡ください。

図1. ワモンゴキブリの OR 型受容体を介した嗅覚受容機構とその発現阻害について

(A)OR 型嗅覚受容体を介した匂い受 容機構。匂いは、触角上にある嗅感覚子を介して受容される。嗅感覚子内部の嗅感覚細胞の感覚繊毛上には嗅覚受容体が発現しており、匂い情報を電気信号へと変換する。特に OR 型嗅覚受容体は、匂い物質 と選択的に結合するORx とその共受容体ORco で構成されている。

(B)PameORco RNA 干渉法(RNAi)について。RNAi とは、ターゲットの mRNAと相同的な塩基配列を持つ 2 本鎖 RNA(dsRNA)を投与することで、その mRNAと特異的に結合し、遺伝子の発現を抑える現象のこと。ワモンゴキブリの ORco (PameORco)RNAi 個体は OR 型嗅覚受容体を介した匂い受容が出来なくなり、性行動をはじめとした、嗅覚による行動の活性が下がる。

■概要

本学の大学院生が中心となって研究をおこない、衛生害虫であるワモンゴキブリの匂い受容機構を世界で初めて明らかにした。さらに、分子生物学的手法を用いることで、匂いを感じることのできないゴキブリを作成した。

■実施主体

【福岡大学理学部】※実験の実施、論文の作成
福岡大学大学院理学研究科 立石康介(2022年3 月学位取得・卒業):筆頭著者
理学部助教 渡邉英博:責任著者
【北海道大学】
大学院理学研究院教授 水波誠
電子科学研究所助教 西野浩史
【総合研究大学院大学】
先導科学研究科/統合進化科学研究センター 助教 渡邊崇之:共同筆頭著者

■公開時期

令和4年4月20日公開

■論文情報

iScience 誌

論文タイトル「Silencing the odorant receptor co-receptor impairs olfactory reception in a sensillum-specific manner in the cockroach」(ゴキブリにおける嗅覚受容体共受容体の発現阻害は特定のタイプの触角感覚子による嗅覚受容を阻害する)
Tateishi, K., Watanabe, T., Nishino, H., Mizunami, M., and Watanabe, H. (2022). Silencing the odorant receptor co-receptor impairs olfactory reception in a sensillum-specific manner in the cockroach. iScience 25. 10.1016/j.isci.2022.104272.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104272

■特徴・PRポイント(初めて、受賞、社会に役立つ)

特筆すべき発見:

1.ワモンゴキブリのゲノムから機能的な嗅覚受容体共受容体(PameORco)遺伝子を特定し、世界で初めてワモンゴキブリが匂いを感じる仕組みを明らかにした。
2.RNA 干渉法を用いた特定の遺伝子の発現阻害は一過性のものであることが知られているが、ワモンゴキブリのORco 遺伝子の RNAi法による発現阻害は永続的であり、不可逆的であることが明らかになった。この結果は、将来的な RNAi法を用いた、害虫制御機構に応用できると考えられる。
3.RNAi 法によりワモンゴキブリの ORco 遺伝子の発現を阻害することにより、各種匂い物質や性フェロモンを感じることができないゴキブリを人為的に作成することができた。RNAi法による特定の遺伝子の発現阻害は突然変異個体を作成するわけではないので、野外環境への応用も可能である。

■お問い合わせ先

1.福岡大学理学部 渡邊 英博 助教
電話:092-871-6631(代)(内線:6274)
メールアドレス:nabehide[at]fukuoka-u.ac.jp
2.北海道大学大学院理学研究院 水波 誠 教授
電話:011-706-3446
メールアドレス:mizunami[at]sci.hokudai.ac.jp
3.北海道大学電子科学研究所 西野 浩史 助教
電話:011-706-2596
メールアドレス: nishino[at]es.hokudai.ac.jp
4.総合研究大学院大学 渡邊 崇之 助教
電話:046-858-1577(代)(内線:1561)
メールアドレス:watanabe_takayuki[at]soken.ac.jp
TOPへもどる