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研究内容

温度・圧力・電圧の同時制御が可能な新規合成手法の開発 —高圧拡散制御法を用いた準安定物質の合成—

掲載日:
光電子ナノ材料研究分野

ポイント

  • 拡散を利用した準安定状態と高圧印加による緻密焼結状態を両立。
  • 電子伝導性の材料NaAlB14からNaを除去した準安定なバルク焼結体AlB14を合成。
  • イオンや電子の輸送特性に関わる機能開拓に期待。

概要

北海道大学電子科学研究所の藤岡正弥助教らの研究グループは、イオン拡散技術と高圧印加技術を融合することで、新たな合成手法の開発に成功しました。

準安定な物質は単純な焼結では合成が難しく、新たな技術の開発が求められています。研究グループは、拡散現象を利用して、固体中から特定の元素だけを除去・導入・交換するような反応を促すことで、準安定状態の実現を目指しました。拡散を利用して物質の組成を変える場合、電子伝導性の物質は内部に電界がかからないため、拡散の駆動力として一般に用いられる電圧印加が利用できません。また、拡散が進行する物質の体積も同時に変化してしまい、特に多結晶を構成する結晶子は、組成変化に応じて膨張・伸縮し、粒子間の界面に生じるひずみやクラック等が、接触不良の原因となり、拡散反応を妨げるだけでなく、イオンや電子の本質的な輸送特性の評価を困難にするという課題があります。本研究では、化学ポテンシャル*1を利用したイオン拡散技術と、高圧印加技術の融合した高圧拡散制御法により、これらの課題をクリアしました。

この技術を用いて研究グループは電子伝導性を有する多結晶物質NaAlB14の結晶構造から、Naのみを拡散させて抜き出し、AlB14という新規準安定物質の多結晶体を合成しました。構造の骨格を保持したまま、Na濃度を減少させたことで、電子伝導特性を大きく変調し、AlB14の電気抵抗率は、室温で105倍以上減少することを見出しました。

この技術は固体中の結合状態が大きく異なる物資系に対して有効であり、今後は計算科学の活用により、有望な物質系が選定できると期待されます。これにより提案される様々な物質系に対して、組成変調による準安定状態と緻密な焼結状態が両立したバルク*2多結晶体を作り出すことにより、新たな機能の発現に繋がると期待されます。

なお本研究成果は、2023年3月21日(火)公開のChemistry of materials 誌に掲載されました。

本研究で開発した圧力セルの断面を示している。6方向から圧力セルを加圧すると同時に、左右の電極を通してカーボンヒーターを加熱し、上下の電極で試料スペースに電圧を印加している。温度・圧力・電圧を同時制御することで、試料からNaが拡散除去される様子が描かれている。

【背景】

熱力学的に準安定な化合物は単純な熱処理では合成できないため、現代においても広大な未踏領域が残されており、このような領域を開拓することで、新たな機能の発現が期待されます。熱力学的に安定な物質は、原料を混合して十分高温で熱処理し、原料の各構成元素が相互に拡散した結果得られます。一方で、構成元素の結合状態が大きく異なる物質において、特定の元素のみが拡散可能な温度域が存在する場合、この温度域における特定元素の交換・導入・除去に基づく化学組成の変調により、準安定状態を実現できる可能性があります。特に物質の構造を大きく変えずに、組成のみを調製することができれば、電子のキャリア密度が変化し、電子物性を制御できると期待されます。

しかしながら、電子伝導性の物質は内部に電圧がかからないため、電界を駆動力として、特定元素の拡散を制御することは困難です。また、拡散が進行すると、物質の体積も同時に変化してしまいます。特に多結晶体を構成する結晶粒子は、組成変化に応じて膨張・伸縮し、粒子間の界面に生じる接触不良が原因となり、イオンや電子の移動を極端に抑制することになります。そのため元素の拡散を利用して、多結晶試料全域に渡るマクロな組成変化を、バルク体で実現することは困難でした。

そこで本研究では、電界ではなく化学ポテンシャルを利用して、電子伝導性材料中の特定元素を制御する拡散技術と、その際に生じる体積変化に対して緻密な焼結状態を維持する高圧印加技術を融合することで、これらの課題を解決する高圧拡散制御法の開発を目指しました。

【研究手法】

高圧合成に用いられるキュービック型マルチアンビル装置*3は6方向からアンビル*4を介して圧力セルを押しつぶすことにより、圧力制御が可能です(図1(a))。従来の圧力セル*5(図1(c))は、アンビルを介して上下の電極から電流を注入しカーボンヒーターを通電加熱することにより、温度を制御します。研究グループが開発した圧力セルは側面から電力を投入することで、カーボンヒーターを加熱し、上限面の電極を試料スペースへと導入することで、電圧の同時制御が可能なセルの実現を目指しました (図1(b))。

本研究では、図2(a)に示されるNaAlB14からNaを拡散除去し、準安定なバルク焼結体AlB14(図2(b))の合成を進めることで、高圧拡散制御法の実証を進めました。この物質はボロン(B)の共有結合性骨格内にNaが弱く結合しており、両者の間には十分な結合状態の差があります。また電子電導性を有することから化学ポテンシャルの利用が必要となります。さらに、Naの除去に伴い電子キャリア密度が変調するため、電子伝導特性の変化も期待される物質系です。

図3(a)にNaAlB14からNaを除去するための、圧力セル内部の試料スペースを示します。ここでは、NaAlB14とゼオライト*6、ゼオライトとカーボンの混合物の積層構造を採用しました。特にゼオライトは電子を遮断するNa伝導体として機能し、ゼオライト自体にNaが含まれていないことから、組成分析によるNa拡散の追跡が可能です。このような積層構造に対して適切に合成パラメータを調整し、緻密な焼結状態を保持しつつNaが除去される条件を探索し、Na除去後の電子伝導特性を評価しました。

【研究成果】

図4(a)に示されるように、1GPaで5Vの電圧を印加し徐々に温度を上昇させると、450℃付近から試料を流れる電流値が急激に上昇し、この温度でNaが結晶構造中を拡散することが確認されました。印加された電圧は電子伝導性のあるNaAlB14内部では消費されず、ゼオライトでほぼ消費されますが、両者の界面では熱拡散によりNaAlB14からゼオライト側にNaが染み出し、ゼオライト中で電界を感じて陰極側に移動し、電流が急激に増加します。ゼオライトとの接触界面から徐々にNa濃度が減少すると、試料内部に形成されるNa濃度分布に応じて化学ポテンシャルの差が生まれ、Naの異方的な拡散が進みます。Na濃度の減少に応じて電流が減衰し、最終的には7.43Cの電気量が流れることを確認しました。この値は試料中に含まれるNaの量(7.34C)と対応しており、組成分析からも、ほぼ全てのNaが除去されていることが確認されました。図3(b、 c)に示されるようにNaAlB14から負極側に異方的に拡散したNaはゼオライトを介して、ゼオライトとカーボンの混合領域で蓄積していることが分かります。またXRD測定結果からボロンの共有結合性骨格が保持されており、準安定相としてAlB14が合成できていることが確認されました。このようにして得られた準安定物質AlB14は母相のNaAlB14と比べて、室温で105倍以上電気抵抗率が減少しました(図4(b))。これは、Naが除去されたことに伴う電子キャリア密度の増加と、組成変化に対して常に一定圧力を印加したことにより、体積変化がもたらす結晶粒子間の抵抗を低減し、緻密な焼結状態を実現したことに起因します。

【今後への期待】

本研究により開発した高圧拡散制御法は、圧力・温度・電圧の3つのパラメータを同時に制御することができるため、固体中の結合状態が大きく異なる物質を対象に、以下のような合成プロセスにより、準安定なバルク焼結体の合成が可能になると期待されます。

まず、温度を制御することで、特定元素のみが化学結合の束縛を破り、固体中を熱拡散できる環境を作ります。次に、圧力セル内部の構成を適切に選定して電圧を制御し、特定元素の拡散に有効な駆動力を与えます。例えば、電子伝導性の物質では化学ポテンシャル、電子絶縁性の物質では電界等です。これにより特定元素の導入・交換・除去による組成変化を促します。また、このような組成変化は物質の体積変化をもたらしますが、圧力を制御することで、これを抑制し、緻密な焼結状態を保持した多結晶試料が調製できると期待されます。

結晶構造を保持したまま、特定のイオン種のみを導入・除去・交換することができれば、物質の電子伝導特性を制御できるため、広大な準安定領域の電子材料探索が可能になると期待されます。また、本手法は、固体中の結合状態が大きく異なる物質系に対して有効です。どの程度の結合強度の差が必要かは今後の課題として挙げられますが、近年発展しているマテリアルズインフォマティクス*7を活用することで、有望な物質群を事前に選定することが可能です。これらの化合物に対して本手法を適用し、多結晶バルク体として準安定物質を取り出し、これまで明らかにされていないイオンや電子の輸送特性を評価することで、機能性物質の探索が加速すると期待されます。さらに、本手法は数GPa、1000℃以上の高圧高温環境で電気的な物性測定を行うことが可能であり、基礎物性を評価するという観点からも研究開発に貢献すると期待されます。

【謝辞】

本研究は科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(課題番号JPMJCR19J1)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号19H02420、21K19018)、イノベーション創出ダイナミック・アライアンス、物質・デバイス領域共同研究拠点の助成を受けています。

論文情報

論文名
High-pressure diffusion control: Na extraction from NaAlB14
著者名
藤岡正弥1、星野海大1、岩崎 秀1、森戸晴彦2、熊谷将也3、桂ゆかり4、フレルバータル・ザガルズゼム5、小野円佳1、西井準治11北海道大学電子科学研究所、2東北大学金属材料研究所、 3さくらインターネット、4物質材料研究機構、5モンゴル科学技術大学)
雑誌名
Chemistry of materials
DOI
10.1021/acs.chemmater.3c00318
公表日
2023年3月21日(火)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 助教 藤岡正弥(ふじおかまさや)
TEL 011-706-9346・011-706-9377
FAX 011-706-9346
メール fujioka[at]es.hokudai.ac.jp
URL http://nanostructure.es.hokudai.ac.jp/

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1.(a)アンビル内に設置された圧力セル(b)本研究で開発した圧力セル。(c)従来の圧力セル。
図2.(a)NaAlB14の結晶構造。(b)AlB14の結晶構造。
図3.(a)本研究で開発した圧力セル内部の積層構造。(b)Na拡散除去後の圧力セルの断面。(c) Na拡散除去後の断面におけるNa元素の分布。
図4.(a)1GPa、5 Vにおける温度と電流の関係。(b)NaAlB14とAlB14の抵抗率の温度依存性。

【用語解説】

*1 化学ポテンシャル … 一般には濃度の変化により生じ、濃度勾配が減少する方向に元素が拡散する。

*2 バルク … 界面や表面ではなく物質の内部に対応した塊のこと。

*3 キュービック型マルチアンビル装置 … 圧力を印加するための装置。

*4 アンビル … 圧力セルを6方向から押しつぶすタングステンカーバイド製の台座。

*5 圧力セル … 高圧印加時に試料を内包するセル。本研究ではパイロフェライトとカーボンヒーター、ボロンナイトライド、各種電極で形成されている。

*6 ゼオライト … ミクロ多孔性の結晶性アルミノケイ酸塩。イオンの吸着等に利用されている。

*7 マテリアルズインフォマティクス … 計算機等を活用して材料開発を高効率化する取り組み。

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