ポイント
- 線虫が、静電気力を使って空中に飛び上がり、帯電している昆虫に飛び乗ることを発見。
- この跳躍行動は、線虫が100匹以上の束(柱)になっているときも可能。
- この跳躍は線虫の質量が著しく小さく、尻尾の先端だけで立てることにより可能。
概要
北海道大学電子科学研究所の佐藤勝彦准教授らの研究グループは、広島大学大学院統合生命科学研究科の杉 拓磨准教授らのグループと共同で、体長1mmほどの線虫(C.elegans)*1が、昆虫の持つ静電気を利用して空中を飛んで、帯電している昆虫に飛び移ることを発見しました。静電気を利用した異種の生物の相互作用としては世界で初めての発見です。
線虫C.elegansは、最もよく調べられているモデル生物の一つですが、自然界での生態に関しては実はよく分かっていません。今回の研究は、「地面を這うだけの小さく移動の遅い虫が、どのように世界中に広まることができるのか」という謎に、重要な見解を与える成果です。
静電場を利用した線虫の跳躍速度は約1m/sで、線虫の這う速度の約1,000倍です(P1図)。人で例えるのなら時速4kmで歩いていた人が、突然弾丸と同じ速度で空に飛びあがるほどの行動の変化です。この跳躍は線虫1匹だけの時ならず、線虫が束になって立ち上がっている状態(線虫100匹ほど)でも行うことができます。つまり100匹の線虫が同時に一つの昆虫に飛び乗ることができます。このようなアクロバティックな行動がとれる理由は(i)線虫の質量が著しく小さいことと(m=10-10kg)、(ii)線虫は尻尾の先端だけで立てる(基盤との界面張力をできる限り下げる)ところにあります。
小さな生物の世界では、質量の違いなどから私たちの日常の体験からは考えられないようなことが起こりえます。静電気力は日常的な力ですが、小さな生物がこの力をどのように使っているかはまだ分かっていません。これからますます多様な発見がなされることが期待されます。
なお、本研究成果は、2023年6月22日(木)公開のCurrent Biology誌に掲載されました。
【背景】
線虫C.elegansは、最もよく調べられているモデル生物の一つですが、自然界での生態に関しては実はよく分かっていません。その謎の一つに分散行動があります。線虫は世界中の土壌に生息している生物ですが、体長1mmほどの小さな虫がどのように世界中に広まったのかは大きな謎となっています。
線虫は住んでいる環境の食べ物が無くなったり、汚れたりして悪くなると過酷な環境で生き残るため、耐性幼虫になります。通常のライフサイクルだと寿命は2週間ほどですが、耐性幼虫になると何も食べなくても2ヶ月間生きることができます。この期間にいかに良い所に移動できるかが彼らにとっての勝負所となります。耐性幼虫は尻尾で立ち上がることができ、体を左右に振って通りすがりの大きな動物や昆虫にくっついて遠くまで運んでもらおうとします。これだけでも魅力的な振る舞いですが、今回、研究グループはこの尻尾だけで立ち上がった線虫が、近づいた昆虫や動物が持っている静電気を利用して、接触することなく飛び移れることを発見しました。この跳躍行動は線虫が1匹の時だけではなく、複数の線虫が立ちあがって線虫の束(100匹ほどの線虫からなる)を作っている時にも行うことができます。つまり、100匹の線虫が同時に一つの昆虫に飛び移ることができます。このようなアクロバティックな行動がとれる理由は、線虫の質量が大変小さい(m=10-10kg)という事と、尻尾の先端だけで立てる(界面張力を著しく小さくできる)というところにあります。また、電場を感知しない線虫の変異体では、跳躍行動ができなくなることから、この跳躍行動は単なる電場に引っ張られて飛ぶという受け身の行動ではなく、電場を積極的に感知した能動的な行動であることが示唆されます。
【研究成果】
数年前、研究グループはシャーレ内で立ち上がっている耐性幼虫(線虫)を観測しているときに、線虫が突然視界から消えるという現象に遭遇しました。初めは立っている線虫が倒れただけかと思っていましたが、その消失は、線虫が高速でシャーレの蓋に移動(跳躍)した為であることが判明しました。通常の虫や動物の跳躍では、体を曲げるなどの前動作がありますが、この跳躍ではそのような前動作はありません。体を真っ直ぐにしたまま飛びます。また、線虫は1匹の線虫が立ちあがっているその上にさらによじ登り線虫の柱(100匹)を作ることができますが、その柱も飛びます(図1)。長い議論の末、研究グループはこの線虫の高速跳躍はシャーレの蓋が持っている静電気を利用したものなのではという推論に至りました。そこで電場を制御できる装置を作製し、電場が制御されている環境に線虫を置いて観測しました。
結果は次のとおりです:(i)電場がない時には、線虫は飛ばない。(ii)電場が200kV/m以上になると飛ぶ。(iii)飛んでいるときの線虫の加速度はa=5000 m/s2、速度はv=1 m/s。(iv)線虫に誘導された電気量は2pC。結果(ii)の200kV/mという電場の強さは100pCに帯電している昆虫が線虫に2mmのところまで近づいた時に作られるほどの電場で、自然界で十分発生しうる電場です。(自然界にいるハエは100pCほどに帯電しています。)結果(iii)の加速度の大きさが、線虫が突然視界から消えるという事を可能にしています。跳躍速度v=1m/sというのは線虫の這う速度の約1,000倍であり、人で例えるのなら、歩いていた人が突然ピストルの弾と同じ速度(3,000 km/h)で空中に飛び立つほどの移動速度の変化です。結果(iv)は線虫が大変小さな電気量でこの高速跳躍を可能にしているという事を示しています。(p(ピコ)とは10-12のことです。)
この電場を使った線虫の高速跳躍が自然界で使われているかを確認するために、研究グループはハチを花で擦って帯電させて、線虫に近づけるという実験を行いました。線虫80匹ほどで形成されている線虫の柱が、ハチの静電気によって引き付けられ飛ぶという事が観測されました(図1)。静電気力を使って小さな虫が(しかも集団で)便乗行動をするという事が初めて示されました。
【今後への期待】
生物間の電場を使った相互作用は、まだまだ未知な部分が多く、これからますます多様な発見がなされることが予想されます。近年では、クモは嵐の前にできる、上空と地面の間に発生する電位差を利用して糸を空中に吐き出して空中に飛び上がるという事が報告されており(Morley and Robert, Curr Biol. 2018)、またハチなどは花が作る電場を感知してその種類を見分ける(Clarke, et al. Science. 2013)という事も報告されています。静電気力は日常で最も強い力の一つであり、特に小さな生物にとっては大変大きな影響を与える力になり得ます。この力を使って小さな生物は巧みな行動をとっている可能性があります。
論文情報
- 論文名
- Caenorhabditis elegans transfers across a gap under an electric field as dispersal behavior
- 著者名
- Takuya Chiba1(当時), Etsuko Okumura2, Yukinori Nishigami3, Toshiyuki Nakagaki3, Takuma Sugi4*, Katsuhiko Sato3* (*責任著者、1北海道大学大学院生命科学院、2株式会社テイソートヨカ、3北海道大学電子科学研究所、4広島大学大学院統合生命科学研究科)
- 雑誌名
- Current Biology(生物学の専門誌)
- DOI
- 10.1016/j.cub.2023.05.042
- 公表日
- 2023年6月22日(木)(オンライン公開)
お問い合わせ先
- 北海道大学電子科学研究所 准教授 佐藤勝彦(さとうかつひこ)
- TEL 011-706-9443
- FAX 011-706-9439
- メール katsuhiko_sato[at]es.hokudai.ac.jp
- URL http://pel.es.hokudai.ac.jp/
配信元
- 北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
- TEL 011-706-2610
- FAX 011-706-2092
- メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
【参考図】
【用語解説】
*1 線虫 … 線形動物の総称。無色透明で体長は、0.3~1mmほど。深海や高い山など地球上の様々な場所に生息。C.elegansはその一種で生物業界で最もよく研究されているモデル生物の一つ。