ポイント
- 超高速の光パターン照明手法を開発。
- 独自開発の高速空間光変調器と、照明パターン形状を拡張する「すりガラス」により実現。
- 生体計測の高速化・大規模化や金属3Dプリンタ・レーザ加工の生産効率向上に期待。
概要
北海道大学電子科学研究所の渋川敦史准教授、三上秀治教授、岡山大学学術研究院医歯薬学域(薬)の須藤雄気教授、韓国科学技術院(KAIST)生物・脳工学科のムサク・ジャング助教授らの研究グループは、超高速の光パターン照明手法の開発に成功しました。
空間光変調器(Spatial Light Modulator、以下SLM*1)は、複雑なパターンの照明を可能とする電子デバイスで、例えばプロジェクタの表示デバイスとして、世界中で普及しています。しかしながら、SLMのパターン切り替え速度は最短でも50マイクロ秒程度にとどまるため、その性能はこれまで十分に生かされていませんでした。
そこで、本研究では、SLMの構成を根本的に見直し、独自開発の1次元SLMと、照明パターンを拡張する「すりガラス」を組み合わせることで、市販のSLMの約1,500倍高速な、0.03マイクロ秒の切り替え速度を持つ超高速の光パターン照明手法を開発しました。この超高速の光パターン照明手法は、例えば従来のSLMでは不可能な生命機能の光計測や光操作(光遺伝学)*2の高速化・大規模化や金属3Dプリンタなどの光加工の生産効率向上など、様々な分野での応用が期待されます。
なお、本研究成果は、日本時間2024年4月8日(月)公開のNature Communications誌にオンライン掲載されました。
【背景】
空間光変調器(Spatial Light Modulator、以下SLM)は、複雑なパターンの照明を可能とする電子デバイスで、産業分野ではプロジェクタ、学術分野では3次元ディスプレイや生体計測など、様々な分野で広く用いられています。SLMを使ってレーザ光の複雑な照明パターンを高速に切り替えることで、例えば生体計測の高速化や大規模化、複雑な3D造形が求められる金属プリンタでの生産効率の向上などが期待されています。しかしながら、SLMは電子デバイスとしての特性上、照明パターンの切り替えを高速に行うことができません。現在市販されているSLMとして、液晶型SLM*3やデジタルミラーデバイス*4が挙げられますが、これらのSLMの切り替え速度は最短でも50マイクロ秒程度であり、原理的にこれ以上高速にすることは困難でした。
【研究手法】
本研究では、SLMの構成を根本的に見直し、市販のSLMの約1,500倍高速な、0.03マイクロ秒の切り替え速度を持つ超高速の光パターン照明手法を開発しました。本手法は、高速化の鍵となる独自開発の1次元SLMと、1次元照明パターンから3次元照明パターンを生み出す「すりガラス」を組み合わせることで実現しました(p1図)。前者は、デジタルミラーデバイス上で走査ミラーにより細長いレーザビームを走査(スキャン)するという独自の工夫により、照明パターンを単純な1次元形状(直線状のバーコードのようなパターン)に限定する代わりに、圧倒的に高速なパターンの切り替えを可能にしました。後者では、身近なすりガラスを用いて1次元照明パターンのレーザ光を四方八方に散乱させ、散乱の結果生じるパターンから逆算して1次元照明パターンを決めます。これにより、高速切り替えの代わりに制限されていた照明パターンの形状を、3次元空間に広げることができるようになりました。
【研究成果】
はじめに、最も単純なパターンである光スポット(レーザ光をレンズで集光したときなどに生じる光の小さな点)のオン/オフの変化を観察することで、開発手法のパターン切り替え速度を確認しました。図1aの結果は、光スポットがオンの状態とオフの状態が約0.03マイクロ秒で繰り返されていることを示しています。言い換えると、開発手法により1秒間に3,000万回パターンを切り替えることができるということになります。また、図1bの結果では、開発手法が16個の光スポットで構成される高速なパターン照明が可能であることを示しています。さらに、二つの光スポットで構成される照明パターンを0.03マイクロ秒で切り替えられることを示し、超高速のパターン照明の実証に成功しました。
【今後への期待】
より空間解像度の高いデジタルミラーデバイスとより高速な走査ミラーを用いることで、パターン切り替え速度を0.01マイクロ秒程度まで短くすることができると見込まれます。開発手法により、3次元照明パターンを超高速に切り替えることができるため、例えば光学顕微鏡の撮像の高速化や大規模化、3Dプリンタ及び光リソグラフィ*5などの光加工における生産効率向上などが期待できます。加えて、開発手法の主要な構成要素である独自開発の1次元SLMは、それ自体を走査ミラーと組み合わせることで、大面積のパノラマプロジェクタとしての応用が期待できます。
【研究費】
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金(JP21H00404、JP21H02446、JP21H01393)、科学技術振興機構・創発的研究支援事業(JPMJFR205E)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR1656)、中島記念国際交流財団、光科学技術研究振興財団、小澤・吉川記念エレクトロニクス研究助成基金、コニカミノルタ科学技術振興財団、生体医歯工学共同研究拠点、フォトエキサイト二クス研究拠点、人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンスの助成を受けています。
論文情報
- 論文名
- Large-volume focus control at 10 MHz refresh rate via fast line-scanning amplitude-encoded scattering-assisted holography(高速ラインビーム走査による散乱アシストホログラフィを用いた10MHz応答速度での高速焦点制御技術)
- 著者名
- Atsushi Shibukawa1、Ryota Higuchi1、Gookho Song2、Hideharu Mikami1*、Yuki3*、Mooseok Jang2*(1北海道大学電子科学研究所、2韓国科学技術院(KAIST)生物・脳工学科、3岡山大学学術研究院医歯薬学域(薬)、*責任著者)
- 雑誌名
- Nature Communications
- DOI
- 10.1038/s41467-024-47009-w
- 公表日
- 日本時間2024年4月8日(月)午後6時(英国夏時間2024年4月8日(月)午前10時)(オンライン公開)
お問い合わせ先
<研究内容に関すること>
- 北海道大学電子科学研究所 准教授 渋川敦史(しぶかわあつし)
- TEL 011-706-9365
- メール ashibukawa[at]es.hokudai.ac.jp
- URL https://www.mikamilab.org/
- 北海道大学電子科学研究所 教授 三上秀治(みかみひではる)
- TEL 011-706-9362
- メール hmikami[at]es.hokudai.ac.jp
- URL https://www.mikamilab.org/
- 岡山大学学術研究院医歯薬学域(薬) 教授 須藤雄気(すどうゆうき)
- TEL 086-251-7945
- メール sudo[at]okayama-u.ac.jp
- URL https://www.pharm.okayama-u.ac.jp/lab/bukka/index.html
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【参考図】
【用語解説】
*1 SLM … レーザなどの入射光の波面形状を調整することで、入射光の分岐や歪みの補正など、レーザの照射パターンを自由に制御できる光装置。
*2 光操作(光遺伝学) … 特殊なタンパク質を細胞に発現させ、光の照射により細胞の活動を活性化させたり抑制したりする技術。
*3 液晶型SLM … 2次元配列の構造を持ち、各画素に入射する光の位相や強度を印加電圧の大きさに応じた液晶分子の配向によって個別に制御することで、レーザ光の照射パターンを変調できる装置。
*4 デジタルミラーデバイス … 2次元配列の構造を持ち、各画素を構成する微小ミラーの角度のオン状態・オフ状態を個別に制御することで、レーザの照射パターンを二値変調できる装置。
*5 光リソグラフィ … シリコンウェハなどの基板上に紫外光のパターン照明を行う事で、精密なパターン化された薄膜を形成する微細加工技術。