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研究内容

化学反応速度式と観測周期の関係を解明! —⽣体⾼分⼦の機能発現などの⾮平衡過程解明に期待—

掲載日:
データ数理研究分野

ポイント

  • 分⼦の形の変化などを記述する反応速度式が単純化される仕組みを解明。
  • 観測周期(時間解像度)と関連付けて、誤りのない射影理論を構築することに成功。
  • ⽣体⾼分⼦の機能発現など、単分⼦や近接する分⼦が重要な変化をする過程の解明に期待。

概要

北海道⼤学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同⼤学電⼦科学研究所の⼩松崎⺠樹教授、兵庫県⽴⼤学⼤学院情報科学研究科の⼾⽥幹⼈客員研究員らの研究グループは、多様な異性化反応をする単分⼦の、反応速度式の粗視化と観測周期の関係を、時定数を維持したまま定式化することに成功し、第⼀原理計算と反応経路探索法で求めた異性化反応ネットワークに応⽤しました。

本成果は、従来の平衡分布を⽤いた近似理論を刷新し、あらゆる観測周期に対して理論的に保証された粗視化を提⽰する包括的な解析法です。将来的には、計算の⼤規模化や既存の近似理論と合わせることで、タンパク質等の巨⼤な分⼦における動的機能の時間階層的な理解を可能にし、複数の実験で得られた観測結果と理論・計算のスムーズな橋渡しが期待されます。

なお、本研究成果は、2024年5⽉17⽇(⾦)公開の Proceeding of National Academy Science United States of America に掲載される予定です。

観測周期(シャッタースピード)が⻑くなるにつれて、分⼦の形の頻繁な変化が区別できなくなり、よりすくない分⼦の状態のあいだを⾏き来するように観測される。背景の円はカメラのレンズをイメージ。

【背景】

映画でバイクが夜の街を疾⾛するシーン、⼿持ち花⽕を振り回して遊んでいるとき、シャッターを開けたまま星空を⻑時間かけて撮影した写真、私達はそこにはないはずの線状の光を思い浮かべるのではないでしょうか?実際、ヒトの網膜やデジタルカメラは、センサーを⼀定時間光にさらし、定期的にその情報を信号にしています。我々が⼀瞬⼀瞬を捉えている様に感じる視覚情報は、実は⼀定時間積算された情報です。なので、その時間(シャッタースピード)より早い変化は積算され、⻑時間露光して撮影した星空のように点状の光は線になります。

我々が⾃然科学実験に⽤いる観測機器でも、原理的に本当の⼀瞬を捉えることはできません。中学校で学ぶ化学反応式は、通常、反応する前(反応物)と反応した後(⽣成物)の⼆つの“状態”のあいだに変化の⽅向を⽰す⽮印を書くことで表現します。しかしながら、膨⼤な数の分⼦の変化を統計上取り扱う、化学反応が起きる分⼦の世界でも、分⼦はずっと動き続けています。

熱せられたポップコーンの実が弾けるように、⼀つの分⼦が原⼦同⼠の結合や原⼦の配置が組み変わる反応のことを異性化反応といいます。分⼦は、様々な異性化反応を繰り返して、分⼦が様々な形をとる割合が統計上変化しなくなる状態(熱平衡状態)か、分裂(解離反応)してしまうまで進⾏します。そこには、末端の⾓度が変わるだけの頻繁に起きる反応から、結合の組み換えを伴うようなごく稀にしか起きない反応まであります。しかしながら、多くの実験では、頻繁に起きる反応の痕跡は分からず、稀に起きる反応に対応した分⼦の量の変化だけ観測されます。例えば、街の建物が変化していく時間スケールでは、その原因といえる⼈々の往来は⾒えません。雑踏でシャッターを⻑時間開けたまま撮影すると街から⼈がいなくなるように、分⼦の頻繁に起きる変化は短い期間にたくさん起き、積算されることによって⾒えなくなったと考えられます。以後、これを粗視化(=単純化)と呼ぶことにします。

異性化反応を記述する⼀次反応速度式の、粗視化は反応の頻度が極端に違う場合しか理論化されていませんでした。例えば、稀に起きる反応に着⽬した場合、頻繁に起きる反応で往来できる範囲は統計上変化しなくなる(熱平衡状態)と考えて近似(詳細を無視)し、そうしてできた範囲の間で起きる稀な反応と捉えて単純化する理論が構築されてきました。ちょうど、分⼦は実際にずっと動き続けていますが、反応物と⽣成物で粗視化された⼆つの“状態”のあいだの稀な⾏き来で、多くの化学反応が表現されてきたことに対応します。このような理論は、近年様々な近似法が提案され精度向上が図られてきました。しかし、近似であるため精度の向上には限界がありました。

また、50 年以上前に精密ランピングという、粗視化した式が粗視化する前の式と精密に⼀致する条件は提⽰されていましたが、どうすればその条件をみたす粗視化ができるのか分かっていませんでした。

【研究成果】

本研究では、精密ランピングを必ず満たす粗視化を、(カメラのシャッタースピードに対応する)観測周期に着⽬することで定式化しました。

分⼦が様々な形をとる統計上の変化は、その頻度によって変化の観測周期が異なります。私たち⼈間も、早い変化を本当はそこにないはずの像として、また遅すぎる変化は⽌まって視認してしまうように、分⼦の変化を観測していると考えられます。研究グループは、個々の分⼦の形(異性体)からの統計的振る舞いが(頻繁に起きる変化で)区別できなくなる基準を開発しました(図 1)。それらの振る舞いがどのくらいの観測周期で区別できなくなるのかをこの基準をもとに調べることで、観測周期が⼀次反応速度式を粗視化していく段階全てを表す「系統図」を、定めた類似度と誤差に対して定式化しました。この「系統図」を使うことで、ある観測周期で分⼦の形からの統計的振る舞いが区別できないか直ちに知ることができます。

反応速度式は、膨⼤な数の分⼦の変化を、統計上取り扱う式です。例えば、ある観測周期で 2 種類の分⼦の形からの振る舞いが区別できなくなるということは、考えなくてはいけない振る舞いの数が減ることを意味します。観測周期が⼀定の実験装置で実験していた場合、それに対応した情報しか得ることができませんから、対応する粗視化された反応速度式を知る必要があります。精密ランピング条件は、粗視化された反応速度式が、誤りなく記述されている(従って時定数が保存する)ときに成り⽴つ条件式です。研究グループは、この条件を満たす理論、つまり、誤りなく粗視化する⽅法も開発しました。

開発した両者を合わせることで、観測周期に合わせた⼀次反応の⾒え⽅を誤りなく記述する⽅程式を得ることができるようになりました。研究グループは、開発した解析法を、(共同研究者の前⽥ 理教授が開発された)反応経路探索法で計算して得たアリルビニルエーテルのクライゼン転位反応に応⽤しました(図 1)。⼆つの状態のあいだの反応として表れてきたクライゼン転位反応の速度式が 10 種類の分⼦の形の間を頻繁に反応するグループと 13 種類の分⼦の形の間を頻繁に反応するグループとに⼤別されて、前者から後者への稀に起きる反応が幅広い観測周期で⾒える現象であることが分かりました。さらには、より短い観測周期ではそれらの各グループがさらに細分化されることが分かりました。

【今後への期待】

⼀次反応、つまり単分⼦や近接した複数の分⼦の形や結合の組み換え反応は、古くて新しい問題です。共同研究者の前⽥ 理教授が開発された、反応経路探索法によって第⼀原理計算から詳細な反応速度式を得ることができるようになりました。タンパク質などの⼤きな分⼦でも、分⼦動⼒学法をつかったマルコフ連鎖モデルの構築法が開発され、様々なタンパク質の機能が解明されています。こうした研究で⽤いられてきた従来の解析法は、とても頻繁に起きる反応と稀に起きる反応でしか正しさが保証されない(熱平衡分布を⽤いた)近似的解析法でした。本研究は、熱平衡を仮定せず誤りのない、射影理論(精密ランピング法)を観測周期と関連付けて構築しました。

本研究論⽂中で解析したクライゼン転位反応の様に、第⼀原理計算ができる、⽐較的⼩さな分⼦の⼀次反応が果たす役割の解明はまだ始まったばかりです。タンパク質などの巨⼤な⽣体⾼分⼦系に関してはその⽣体中での機能に関係する稀な反応と頻繁に起きる反応の関係が指摘されています(アロステリ ック効果)。幅位広い時間スケールに跨がって⽣じる様々な分⼦の形の変化が、分⼦の機能にどう影響するかを理解するための強固な理論的枠組みとして期待されます。他にも、ガラス、⽔の相図、⾼分⼦凝集など、エネルギー地形を使って調べられてきたメカニズムをより精緻に解析できると考えています。

本研究⼿法は、観測周期、つまり時間解像度を粗くしていったとき、粗視化シミュレーション法がより厳密なシミュレーションとどの様な関係にあるのか調べる⼀つの⼿段と考えられます。様々な実験装置には、それぞれが得意とする時間分解能がありますので、それらを統合する基盤になる可能性もあります。また、反応速度定数を統計⼒学的に⾒積もる遷移状態理論を基礎づける理論的な枠組みを与えている可能性があると考えています。様々な実験装置には、それぞれが得意とする時間分解能がありますので、それらを統合する基盤になることが期待されています。

論文情報

論文名
An Encompassed Representation of Timescale Hierarchies in First-order Reaction Network(⼀次反応ネットワークにおける時間階層の包括的表現法)
著者名
永幡 裕1,2、⼩林正⼈1,2,3、⼾⽥幹⼈1,4,5、前⽥ 理2,3、武次徹也2,3、⼩松崎⺠樹1,2,6,7,81北海道⼤学電⼦科学研究所、2北海道⼤学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)、3北海道⼤学⼤学院理学研究院、4奈良⼥⼦⼤学研究院⾃然科学系物理領域、5兵庫県⽴⼤学情報科学研究科 6⼤阪⼤学先導的学際研究機構、7北海道⼤学⼤学院総合化学院、 8⼤阪⼤学産業科学研究所)
雑誌名
Proceeding of National Academy Science United States of America
DOI
10.1073/pnas.2317781121
公表日
2024年5⽉17⽇(⾦)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・電子科学研究所 教授 小松崎民樹(こまつざきたみき)
TEL 011-706-9434
FAX 011-706-9434
メール tamiki[at]es.hokudai.ac.jp
URL https://mlns.es.hokudai.ac.jp/

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
兵庫県⽴⼤学神⼾情報科学キャンパス経営部(〒650-0047 兵庫県神⼾市中央区港島南町7-1-28)
TEL 078-303-1901
FAX 078-303-2700
メール p-office[at]gsis.u-hyogo.ac.jp

【参考図】

図1.分⼦の形(異性体)間の⼀次反応ネットワーク(左上)において、区別できなくなる観測周期Δtを特定(左下)、系統図を作成(右下)。精密ランピング法を⽤いて誤りのない粗視化を与える(右上)。右下の図で、横軸が観測周期Δt表しており、最も⻑い観測周期では⼀つの熱平衡状態(薄橙⾊)が得られるのに対し、観測周期を短くしていくと、⼆つの状態(反応の前(反応系)と反応の後(⽣成系))に分かれていき(薄紫⾊の時間領域)、さらに短くしていくと⽣成系はさらに⼆つの状態に分かれるが、⽣成系は⼀状態のまま(薄群⻘⾊)となる。さらに、観測周期を短くすると、より複雑に孫状態、⽞孫状態に細密化されていくことが定めた精度に対応付けて評価できる。開発した精密ランピング法を⽤いると、各粗視化プロセスで評価される反応の時定数は粗視化前の時定数を厳密に保存することが数学的に証明される。

【WPI–ICReDDについて】

ICReDD(Institute for Chemical Reaction Design and Discovery、 アイクレッド)は、文部科学省国際研究拠点形成促進事業費補助金「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択され、2018年10月に北海道大学に設置されました。WPIの目的は、高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準の研究を行う「目に見える研究拠点」の形成であり、ICReDDは国内にある18の研究拠点の一つです。

ICReDDでは、拠点長の下、計算科学、情報科学、実験科学の三つの学問分野を融合させることにより、人類が未来を生き抜く上で必要不可欠な「化学反応」を合理的に設計し制御を行います。さらに化学反応の合理的かつ効率的な開発を可能とする学問、「化学反応創成学」という新たな学問分野を確立し、新しい化学反応や材料の創出を目指しています。

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