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研究内容

幅広く応用可能なナノ材料の簡便な作り方を開発 —酵素の加水分解作用を利用する画期的な手法—

掲載日:
フォトニックナノ材料研究分野

ポイント

  • 酵素の加水分解作用をコントロールし、性質の揃ったナノ粒子を簡便に作成することに成功。
  • 光触媒や太陽電池、ナノ薬剤など多種多様なナノ材料を合成可能な新手法として期待。
  • 一例として、ペプチドと量子ドット(2023年ノーベル化学賞)による薬物キャリア性能を実証。

概要

北海道大学電子科学研究所(担当教育組織:同大学大学院環境科学院)の高野勇太准教授、ヴァスデヴァン・ビジュ教授、同大学大学院環境科学院博士後期課程3年のルマナ・アクター氏らの研究グループは、酵素の加水分解作用をコントロールすることで、性質とサイズの揃ったメゾスコピック粒子を簡便に作成するユニークなナノ粒子材料作成法(BNS法)を発明しました。

ナノ材料の中で、約10~1000ナノメートルの大きさを持つナノ粒子物質はメゾスコピック粒子と呼ばれており、その特殊な大きさのために従来のナノ材料とは異なるユニークな性質を持つことがあります。しかし、これまでのメゾスコピック粒子作成法には高い技術力が必要でした。

BNS法は、多種多様な酵素分解性物質と有機分子、または無機材料を組み合わせることで、様々なメゾスコピック粒子の作成に応用できます。そのため今回の研究の成果は、今後のナノ材料開発における原料の組み合わせに、膨大な数の選択肢を提供することができます。

なお、本研究成果は、2024年5月23日(木)公開のNanoscale Horizons誌に掲載されました。

本研究によるメゾスコピック粒子作成手順の概要

【背景】

ナノテクノロジー材料(ナノ材料)とは、原子や分子といった極めて小さなスケールで物質を理解し、操作して利用する材料のことを指します。ナノ材料はユニークな形状や性質を持ち、新たな技術を生み出す可能性を秘めているため、高性能電子デバイス素子や次世代太陽電池材料、ナノ薬剤などへの実用化に向けて近年盛んに研究が進められています。

ナノ材料の一部に、「メゾスコピック粒子」というものがあります(図1)。これは、原子よりは大きく、一般的な物質よりは小さい、特定の大きさの範囲にある粒子や集合体のことを指します。具体的には、その大きさは約10ナノメートル(人間の髪の毛の太さの約1/5000)から1マイクロメートル(人間の髪の毛の太さの約1/50)ほどです。

メゾスコピック粒子は、その特殊な大きさのために、今までの材料とは異なるユニークな性質を持つことがあります。例えば、光や熱、電気の伝導性、化学反応の速度などが、粒子の大きさによって変わることが知られています。医療応用においても、メゾスコピック粒子は血中滞留性*1が良いことが知られており、効果的な薬の開発基盤技術として注目されています。

しかし、従来のメゾスコピック粒子作成法は、高い技術力が必要な精密ポリマー合成やリソグラフィ法、あるいは均質な粒子サイズ制御が難しい物理破砕法(ボールミリング法など)が主流でした。

研究グループは、酵素の分解作用を巧みに利用することで、粒子サイズの揃ったメゾスコピック粒子を簡便に作成する方法を発明しました。有機分子から無機材料まで多種多様な物質を原料として用いることができるため、幅広い分野に応用可能なナノ材料の作成の新手法です。

【研究手法】

研究グループではこれまで、半導体性ナノ粒子*2(量子ドット:2023年ノーベル化学賞)やナノカーボン材料*3について、化学合成をベースとした新材料の研究開発を行ってきました。本研究では、酵素分解可能な構造を連結部位として、量子ドットまたは有機分子同士をコア部分として互いに連結したミクロンサイズの構造体をまず作成しました(図2)。この構造体は溶液にほとんど溶けず沈んでしまいますが、ここに分解酵素*4を加えることで連結部位の分解が起き、小さな粒子となります。一般的に酵素分解反応は分解可能な部位がなくなるまで終わらないので、当初は構造体がごく小さくばらばらに分解されることを期待しました。しかし驚くべきことに、量子ドットまたは有機分子をコア部分として用いると、連結部位の酵素分解反応が途中で止まり、粒子サイズの揃ったメゾスコピック粒子が得られることを発見しました。これは、コア部分が酵素による分解作用を物理的に阻害するため、酵素分解反応が途中で止まるためと考えています。この、酵素という最もよく知られている生体触媒*5を用いた新規ナノ粒子作成法を「生体触媒ナノ粒子成形法(BNS法: Bio-catalytic nanoparticle shaping法)」と名付けました。【関連特許:特願2023-079183(出願日2023年5月12日)、PCT/JP2024/015035(出願日2024年4月15日)、出願人:北海道大学、発明者:高野勇太】

【研究成果】

BNS法を用いて、オリゴリシンペプチド*6を連結部位とするメゾスコピック粒子の作成に成功しました。オリゴリシンペプチドはアミノ酸のリシンが多数連結したものであり、生物実験でもっともよく用いられるタンパク質分解酵素の一つであるトリプシン*7によって分解されます。BNS法による粒子生成のメカニズムを明らかにするために、オリゴリシンペプチドを連結部位、コア部位に周辺環境に応じて光吸収特性などが変化するポルフィリン分子としたメゾスコピック粒子を合成し、その光応答などを調べました。その結果、BNS法を適用するのに必要な連結部位の長さや、連結部位の長さの調整によってコア部位の光吸収能力や光をトリガーとした活性酸素発生能力の制御が可能であることが明らかになりました。

さらに、本手法がオリゴリシンペプチドとトリプシンの組み合わせだけでなく、ヒアルロン酸とその分解酵素であるヒアルロニダーゼの組み合わせなど、いろいろな酵素分解性基質と分解酵素の組み合わせに幅広く応用できることが分かりました。

また、オリゴリシンペプチドを連結部位として、発光性の量子ドットをコア部位に用いたところ、生体内での血中滞留性が良いとされる約80ナノメートルサイズの量子ドット集合体によるメゾスコピック粒子(ms-QD)の合成に成功しました。ms-QDは、光照射することで自身の居場所を知らせる光ラベルとして機能する上、オリゴリシンペプチドは細胞に取り込まれやすい性質を持ちます。研究グループでは、この両者の性質を利用してms-QDが薬物キャリアとして働くことを期待し、光がん治療薬候補のrTPA*8を載せて、生体組織モデル(スフェロイド)内における性能を調べました。その結果、ms-QDは効果的に光ラベルとして機能した上で、rTPAの光殺がん細胞効果を発揮させる薬物キャリアとして働くことを実証しました(図3)。

【今後への期待】

BNS法は、多種多様な酵素分解性基質と有機分子あるいは無機材料との組み合わせに応用できます。そこから得られるメゾスコピック粒子は、ms-QDの例のように連結部位とコア部分の機能性が混同あるいは相乗した性能を発揮するため、BNS法はナノ材料開発に膨大な数の選択肢を提供することができます。

さらに、BNS法は主に水中で作用する酵素を使うので、工業化において有機溶媒の利用を抑えたサステイナブルなナノ材料作成方法となり得ます。

BNS法によって様々なメゾスコピック粒子を容易に合成開発できるようになり、医療向け材料、塗布型電子デバイスの材料、金属材料などへの添加剤、化学反応の効率を向上させる触媒など、幅広い触媒・材料開発に応用されることが期待されます。

【謝辞】

本研究は、⽂部科学省科学研究費助成事業(21H01753、22H04926、23H01781、24H00445)、日本学術振興会先端研究ネットワーク形成拠点形成事業、日本学術振興会助成金「物質・デバイス領域共同研究拠点」の共同研究プログラム、文部科学省助成金「マテリアル先端リサーチインフラ」事業 (JPMXP1223HK0009) 、国際重点大学院プログラム(213073)の⽀援を受けて実施されました。

論文情報

論文名
Bio-catalytic nanoparticle shaping for preparing mesoscopic assemblies of semiconductor quantum dots and organic molecules(半導体量子ドットと有機分子によるメゾスコピック集合体を作り出すための生体触媒ナノ粒子成形法)
著者名
Rumana Akter1、Nicholas Kirkwood2、Samantha Zaman2、Bang Lu1、3、Tinci Wang1、Satoru Takakusagi1、3、Paul Mulvaney2、Vasudevanpillai Biju 1、4、Yuta Takano1、41北海道大学大学院環境科学院、2メルボルン大学化学部、3北海道大学触媒科学研究所、4北海道大学電子科学研究所)
雑誌名
Nanoscale Horizons(ナノ科学材料の専門誌)
DOI
10.1039/d4nh00134f
公表日
2024年5月23日(木)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学電子科学研究所 准教授 高野勇太(たかのゆうた)
TEL 011-706-9414
FAX 011-706-9407
メール tak[at]es.hokudai.ac.jp
URL http://bijulab.main.jp/jp/

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

【参考図】

図1.メゾスコピック粒子について
図2.本研究によるメゾスコピック粒子作成手順の概要
図3.光殺がん化合物の薬物キャリアとして働くメゾスコピック粒子

【用語解説】

*1 血中滞留性 … 薬物や物質が体内、特に血液中にどれだけ長く留まるかを示す性質のこと。高い血中滞留性を持つ物質は、体内に長時間留まるため、その効果が長く続きやすい。

*2 半導体性ナノ粒子 … ナノメートル(1ナノメートルは1億分の1メートル)スケールの粒子で、半導体の性質を持つもの。

*3 ナノカーボン材料 … ナノメートルスケールの炭素材料で、フラーレンやカーボンナノチューブ、グラフェンなどが代表的なものとして知られている。

*4 分解酵素 … 特定の物質を分解する働きを持つ酵素のこと。酵素は生物体内で化学反応を促進するためのタンパク質で、分解酵素は特に大きな分子を小さな分子に分解する役割を果たす。例えば、食物を消化するために働くアミラーゼやプロテアーゼなど。

*5 生体触媒 … 化学反応を促進するために用いられる物質である触媒のうち、生物体内で化学反応を促進する役割を果たす物質のこと。最も一般的な生体触媒が酵素である。

*6 ペプチド … アミノ酸がペプチド結合により連結した化合物のこと。

*7 トリプシン … タンパク質分解酵素の一種。塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン)のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解する働きを持つ。

*8 rTPA … 高野らによって開発された分子で、近赤外光を吸収し、そのエネルギーで活性酸素を効率よく生成する性質をもつ。

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