国立大学法人北海道大学
ポイント
- 光が持つ2種の回転(スピンと軌道)を、物質中で分けて定量評価できる理論を初めて提案。
- 電場・磁場の「時間変化」に基づき、物質中でも成り立つ2種の角運動量の保存則をそれぞれ導出。
- 光の回転力(トルク)を活用した物質操作や、ナノ構造体・キラル分子の光応答の解明に貢献。
概要
北海道大学電子科学研究所の橋谷田俊助教、田中嘉人教授の研究グループは、光が物質に与える「回転の力(光トルク)*1」の源である「角運動量*2」を、「スピン(偏光による自転的な回転)*3」と「軌道(波面のねじれによる公転的な回転)*4」の二つに分け、それぞれの損失量を個別に測定・解析できる新たな理論を提案しました。
光には、まっすぐ進むだけでなく、回転という重要な性質があり、これが物質に働きかけることで回転の力(光トルク)が生まれます。その源は角運動量という物理量です。角運動量は、空間全体で保存される(失われることのない)量であり、たとえ光が物質と相互作用して角運動量を失ったとしても、その分は物質に移り、光トルクとして作用します。これを記述するのが「光の角運動量の保存則*5」です。
これまでの理論では、スピン角運動量や軌道角運動量は光の横波(進行方向と垂直な成分)のみで記述されており、物質が存在すると現れる縦波(進行方向に沿った成分)を扱うことができませんでした。そのため、物質中でのそれらの保存則を正しく記述することが困難でした。
今回の研究では、電場と磁場の「時間変化」に基づいて光の角運動量を定義し直し、それをスピンと軌道に分離することで、物質がある場合でも成り立つ保存則を初めて導出しました。これにより、光が物質にどのように回転の力を与えているのかを、スピンと軌道それぞれの視点から正確に理解できるようになりました。
この成果は、スピンと軌道が相互に変換される「スピン軌道変換*6」の定量的な解析を可能にするほか、キラル材料やナノ構造体への応用、さらには光を用いた微細操作技術の基盤となることが期待されます。
なお、本研究成果は、2025年6月4日(水)にPhysical Review Research誌に掲載されました。

【背景】
光は、エネルギーや運動量を持つだけでなく、角運動量(回転)も持っています。この角運動量には、電磁場(偏光)の回転に由来するスピン角運動量と、波面の回転に由来する軌道角運動量の2種類があります。光が物質に当たると、これらの角運動量は物質に移り、物質を回す光トルクとして現れます。光が物質にトルクを与える現象は、光ピンセットやナノ機械の制御技術など、様々な応用に利用されています。
教科書に記載されているように、光の角運動量には保存則があります。これは、ある場所で角運動量が減った場合でも、別の場所で増えることで、全体の合計は変わらないという物理法則です。光が物質に当たると、一部の角運動量が物質へと移り、光の側では損失となりますが、失われた分は物質に渡されており、トータルでは変化していません。この損失の量が、そのまま物質に働く光トルクに対応します。
従来の理論では、光の角運動量はスピンと軌道に分けて記述できましたが、その定義には光の横波成分(進行方向と垂直な電磁場)しか含まれておらず、実際の物質が生み出す縦波成分(進行方向に沿った電磁場)を考慮できませんでした。そのため、物質が存在する状況での角運動量の保存則を正確に導出することができず、光の損失を定量的に評価することも困難でした。
近年、スピンと軌道の角運動量が相互に変換されるスピン軌道変換という現象の重要性が注目されており、この解析を行うための理論的基盤の確立が求められていました。
【研究手法】
本研究では、光の角運動量を正確に記述するために、従来とは異なる新しい理論的枠組みを導入しました。その核心は、電場と磁場の時間変化(時間微分)に注目するというアプローチです。
これまで、角運動量をスピンと軌道に分けるにはベクトルポテンシャル*7と呼ばれる量を用いる必要がありましたが、このベクトルポテンシャルにはゲージ依存性という問題があり、理論によってスピンと軌道の定義が揺らいでしまうという課題がありました。これを回避するために、従来の理論では電磁場を横波成分と縦波成分に分け、横波だけを使ってスピンと軌道を定義していました。しかし、この方法では物質が存在する場面で重要な縦波を含めることができず、物質中での光のスピンと軌道の角運動量の損失を正しく記述することができませんでした。
そこで研究グループは、電場と磁場の時間変化だけを使って角運動量を定義し直しました。この方法により、ベクトルポテンシャルを使わずに、しかも電磁場の縦波と横波の両方を含めた記述が可能となり、物質が存在する系でもスピンと軌道の角運動量を正確に分離し、それぞれの保存則を導出することができました。
さらに、この保存則の式には電荷密度や電流密度といった物質パラメーターが明示的に含まれており、スピンと軌道、それぞれの角運動量がどれだけ物質に失われたか(=光トルク)を個別に評価できるようになりました。
【研究成果】
研究グループはこの新しい理論を使って、円偏光や光渦といった光が物質と相互作用する際の回転の力の分布を解析しました。特に、丸いナノ粒子に円偏光を当てた場合、粒子のサイズが大きくなるにつれてスピンから軌道への変換(スピン軌道変換)が顕著に起きることを明らかにしました(図1b,c)。
また、レンズで円偏光を強く集光したときにも、軌道角運動量が新たに生成される様子を確認しました(図2b,c)。これらはいずれも、スピンの損失が軌道への変換として現れている例です。一方で、直線偏光で軌道角運動量を持つ光(光渦)を集光しても、スピン軌道変換が起きないことも分かりました(図2d,e)。
これらの結果は、研究グループの理論がスピンと軌道の角運動量を分けて扱う上で有効であり、物質による光の回転成分の受け渡しを明確に評価できることを示しています。
【今後への期待】
今回の理論は、これまで困難だったスピン角運動量と軌道角運動量の定量的な分離・評価を可能にしました。そのため、キラル構造を持つ分子やナノ材料など、スピンと軌道の両方が関与する系に対する光の応答解析に大きく貢献すると期待されます。
将来的には、キラル物質に対する円偏光や光渦の応答を高感度で評価できるようになり、円偏光二色性に代表されるキラル光二色性の理解やキラル物質の選択的検出など、生命科学や材料科学における応用が期待されます。
さらに、光トルクを活用したナノスケールの物質操作や、スピン軌道相互作用の精密制御、さらには非破壊での分子識別・解析技術など、幅広い分野での技術革新にもつながる可能性があります。
【謝辞】
本研究は日本学術振興会科研費(JP24H00424、JP23K04669、JP22H05132、JP21K14594)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR213O)の助成を受けたものです。
論文情報
- 論文名
- Conservation law for angular momentum based on optical field derivatives: Analysis of optical spin-orbit conversion(電磁場の時間微分に基づく角運動量の保存則:光のスピン-軌道変換の解析)
- 著者名
- 橋谷田俊1、田中嘉人1(1北海道大学電子科学研究所)
- 雑誌名
- Physical Review Research(物理学の専門誌)
- DOI
- 10.1103/PhysRevResearch.7.L022052
- 公表日
- 2025年6月4日(水)(オンライン公開)
お問い合わせ先
- 北海道大学電子科学研究所 教授 田中嘉人(たなかよしと)
- TEL 011-706-9321
- FAX 011-706-9321
- メール ytanaka[at]es.hokudai.ac.jp
- URL https://sites.google.com/view/tanaka-yoshito-lab
配信元
- 北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
- TEL 011-706-2610
- FAX 011-706-2092
- メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp
【参考図】

【用語解説】
*1 光トルク … 光の角運動量が物質に伝わることで生じる回転の力。たとえば、微小な物体を回転させたり、ナノ構造を動かしたりする力として働く。
*2 角運動量 … 回転の勢いを表す物理量で、スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分に分けられる。光がこの性質を持つことで、物質に回転の力(トルク)を与えることができる。
*3 スピン(スピン角運動量) … 光の「偏光」によって生じる回転の成分で、光がその場でくるくると自転しているようなイメージ。円偏光がこの性質を持っている。
*4 軌道(軌道角運動量) … 光の「波面のねじれ」に由来する回転の成分で、光が渦を巻きながら進んでいくようなイメージ。光渦がこの性質を持っている。
*5 光の角運動量の保存則 … 光の角運動量は、全体としては失われずに保存されるという自然界の法則。光が物質に角運動量を与えて失ったとしても、その分は物質側に移っており、総量は変わらない。
*6 スピン軌道変換 … 光のスピン角運動量が軌道角運動量に、またはその逆に変化する現象。光が物質と相互作用するときに起こりやすく、光による操作や計測技術において重要な役割を果たす。
*7 ベクトルポテンシャル … 電場や磁場を数式で表すときに使う補助的な量。磁場はベクトルポテンシャルから計算されるが、この量は自由に変えられるため、そこから定義されるスピンや軌道角運動量にはあいまいさ(ゲージ依存性)が生じる。